第3話入門試験
マリエッタが風呂から上がって脱衣所に行くと、籠の中に服などが一式入っていた。ねずみ色を基調にした服だ。マリエッタは、袖に腕を通して帯を結ぶ。緋国の服を着るのは初めてだった。
月娥とまではいかなくても、もう少し色味のある服を貸してもらえると、マリエッタは、思っていた。この地味な色は、今まで着用していた囚人服を思い起こさせる。それにマリエッタがずっと着用していた服よりも前身ごろがはだけそうだ。下衣を着用しているがそれでも心許ない。
慣れる日が来るのだろうか。
脱衣所の扉が開かれ、小物を手にした
「お、着替え終わったー?」
「変かな?」
マリエッタは、恥ずかしそうに髪をいじりながらに月娥に聞いた。さすがに、借り物の服についてアレコレいうことはマリエッタにも出来なかった。
月娥は、マリエッタを上から下まで眺めて言った。
「そんなことないよー。じゃあ髪の毛はこの簪使って」
金属の棒に花の飾りの付いた装飾品を渡される。マリエッタは簪が何だか分からない。月娥は、すぐに気がついた。マリエッタの横髪を後ろで一つにまとめる。月娥は気さくな人柄で、マリエッタは身分を気にせず気軽に話せる同性に初めて出会った。
まとめた髪に、梅の花飾りの付いた簪を挿す。マリエッタはすっかり仙洞門の門弟の姿になった。
「よし、じゃあ師父に会いに行こう。
学舎に向かう道の脇には、所々に木々が植えられていて木陰を作っている。藤棚が整備されているところもあり、仙洞門は集落の景観も美しい。
時折門弟達とすれ違うが、八割方マリエッタと月娥をみて驚いて振り返るのでマリエッタは自分の格好がおかしいのではないかと不安になる。
やがて黒瓦の一際大きな建物が見えてきた。仙洞門五氏が一堂に会して修行を積む学舎だ。学舎の入り口にある石段を上り、中に入る。
板張りの廊下に幾つかの部屋があった。一番奥の畳敷きの部屋にマリエッタは案内された。
畳敷きの部屋には、本棚があり様々な書物が整理されて、積み上げられている。ローテーブルが置かれ、直接床に座って作業するようだ。机には、筆掛けが置いてある。大小の筆が紐で掛けられている。側には硯。
自国とは違う文化にマリエッタはあたりを見回す。口元は自然に弧を描いた。
上座のローテーブルで書き物している三十代前半の男性がいた。
その近くのローテーブルに
「マリエッタ・ドロニナと申します」
「
「
「師父!なぜ俺が」
「拾ったのなら最後まで面倒をみろ」
(え? 不機嫌そうな炎輝と二人っきりにするの!)
マリエッタがどうやって炎輝の機嫌を取ろうかと、考えるより早く
「この格好どうかな?」
「綺麗」とか「可愛い」という褒め言葉を期待していたわけでは無いが、「変では無い」ということぐらい言ってくれても良いのではないかと、マリエッタは思う。
「その、そんなにずっと面倒を見ていなくてもいいと思うよ」
めげずにマリエッタは、声を掛ける。
ずっと面倒を見ろと言われたことにご立腹だと思ったのだ。妥協案で機嫌を直してほしい。
「当たり前だ。部屋は別だ」
「普段の生活のことを言ったつもりだったんだけど」
「お前は!」
「ごめんて。からかったわけじゃない。炎輝、真面目すぎて疲れないの?」
予想外の
「お前の頭が緩いだけだ」
「えー? どこが?」
二人が賑やかに学舎の板張りの廊下を歩いていると、向かい側から一人の男がやってきた。白色を基調とした服装だ。銀髪を後ろで一つに高く結い上げている。眉根は不機嫌そうに寄せられている。切長の目は紅玉のように煌めいていた。全体的に涼しげで整った顔立ちだ。
彼は胸の前で腕を組んでマリエッタと
「そこをどけ」
マリエッタに目を向けた後、馬鹿にするように
「
(ああ、とにかく馬鹿にしたいタイプなのね。)
マリエッタは、内心で呆れてため息をついた。思い出したくも無いがアレクセイもこういうタイプで何かとマリエッタに突っかかってきたのだ。
こういうのは適当にお茶を濁して相手にしないのが一番だとマリエッタは、作り笑顔で右手を差し出す。
「マリエッタっていうのよろしく」
男は不思議そうにマリエッタの右手を見て、鼻で笑った。
「頭の緩そうな女を連れて歩くとは、呆れる」
緋国には、握手をする習慣はない。未婚の男女が手を触れ合わせることはしない。
言いたいことを言ってすっきりしたのか、二人の脇をすり抜けていった。
マリエッタは、行き場の無くなった右手を握りしめて男の背中を睨む。
「な、なによあいつ」
「
真面目な顔で淡々と、
「そういうことを聞いてるんじゃ無い!」
ぷりぷりしながらマリエッタは言うが、
一通り学舎内と集落を案内され、宿舎の女棟までやってきた。男女別の棟は異性が入ることはできない。
玄関先で
「無理するな。ゆっくり休め」
マリエッタの軽口には一切乗らず、淡々と案内した
マリエッタの方はできるかぎり歩み寄ろうとしているのに、だ。
「なによ、あいつ」
風に靡く美しい艶やかな黒い髪の後ろ姿を見ながら、マリエッタは一人呟いた。
「ね、
「なんだ」
「私って差別されているの? 灰色の服ばかりなんだけど」
マリエッタは、身一つで仙洞門にやってきた。最低限の生活用品は初日に配給されている。ありがたいことだとマリエッタも思うが、なぜか服は灰色一択。集落を歩く門下生達は、色とりどりの服装なのに。
「仙洞門は、名のある五氏が集まってできたものだ。五氏にはそれぞれ意味があり、名にちなんだ色の服を着る。どこにも所属していないからお前は、灰色だ」
「え? じゃあ
「
「それって常識なの?」
故郷とは全く違う考え方にマリエッタは、戦々恐々だ。これが常識で知っていなければならないことなら、マリエッタは覚えることが山のようにある。
「鬼道を使うのにも必要だ」
「えー! そうなの?!」
マリエッタの常識の無さに
「今日は、入門試験の日だが大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「入門試験には剣技と鬼道だ」
「それは早く言ってよ!」
マリエッタは、悲鳴じみた声を上げるが今更である。もたもたしている内に入門試験の時間となった。
入門試験は、学舎近くの広場で行われた。異国人のマリエッタが入門試験を受けるというので門弟達がこぞって集まっていた。
野次馬たちは、五色の色とりどりの服装をしている。中にはマリエッタと同じように灰色の服を着る者も居るが少数だ。
「入門試験は剣の腕、鬼道の腕試しだ」
「鬼道は、使ったことがありません」
「ならば剣の腕だな。
高長は返事をして前に進み出る。
前に進み出た顔を見て、マリエッタは嫌そうな顔をした。この間、立ち塞がった高飛車な男だった。
「
「師父!俺が相手をする必要がありますか?」
「異国の女剣士には勝てないか」
「勝ちます」
それに慌てたのはマリエッタだ。何も無い空中から剣を出すなどという技はマリエッタには、できない。
「ま、待って。私に剣を」
「出せないのか? そんなことも出来ないやつは
丸腰のマリエッタに
「決めるのは、貴方じゃ無いわ」
マリエッタは、
「マリエッタ!」
マリエッタに向けて炎輝は、鞘に入ったままの剣を投げる。
マリエッタは、鞘を抜き放ち
「参りました」
「ふん、この俺が負けるわけ無いだろう」
マリエッタが負けを認めると、
「マリエッタ・ドロリナ。その剣術と度胸評価に値する。いいだろう。仙洞門に所属し修行に励むが良い」
「よしっ」
マリエッタは貴族令嬢とはほど遠く、拳を空に掲げて喜んだ。
マリエッタが緋国で妖魔退治師として生きていこうと決めた瞬間だった。
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