第124話
「伊藤さんは、どこかにお勤めされておられるのですか?」
会長が穏やかな口調で、花音に話かけて来た。
「西山物産に勤めています」
「西山物産? お父様の会社には、お勤めされなかったのですかな」
「はい」
「自分の力で合格できたところが、そこだったので……」
「親は子どもを手元に置きたがるものだから。親御さんは心配されたのではありませんか?」
「母は心配していましたが……」
「そうだろうね。母親というものは、娘には特に思い入れがあるようだからね」
「はい」
いつも花音を心配してくれる母の顔が浮かんだ。
「しかし、親元を離れてやってみるというのは良いことですよ。親の力を借りる子が多いのに、伊藤さんは偉いね」
褒めてもらえると思わなかった花音はビックリして目を丸くした。
「どうしたのかね」
「いえ、だって、私の勤めている会社は一流というには程遠いですし……。父の会社も本当は受けてみたんですけど、1次試験で落ちてしまって……。私には、難しかったみたいです。でも、私の力で今の会社に就職出来た事を会長様に褒めて頂いてとても嬉しいです」
花音は素直な気持ちで、会長の言葉に感謝する事が出来た。それと同時に、父に心の底から謝りたい気持ちになった。自分が何をしても駄目なばっかりに、取引先や会社関係の人達に、恥ずかしい思いをしているのではと思うと、自分に厳しい父の気持ちが分かる様な気がして辛かった。
「うちも受けてみたのかね」
「そんな、恐れ多いです。私の卒業した女子校では、御社に就職出来た人はまだ一人もいないんです。でも、御社は私たち女の子の憧れの会社なんです」
会長が話し上手だからか、花音の口から思ったことがポンポンと出た。
「ほう~、わが社をそんな風に言って頂けるなんて有難いことですな」
会長は、嬉しそうに花音を見て話を続けた。
「そうですか、あなたの学校では、三友はそんなに人気があるのですか!」
「はい!」
会長は、満足そうに頷いて、納得したように笑った。花音もほっとして嬉しくなって笑った。
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