第61話

「あ、来たかな」


ふいに古城が手を挙げると、一台のタクシーが花音たちの前で停車した。


花音は古城たちのペコペコ頭を下げると、タクシーに乗った。


「これ、大友さんに……」


古城がさっきの寿司屋の名が入った紙袋を花音に手渡した。ふわっと卵焼きの匂いがした。


「あ、有難うございます」


「また、一緒に食事に行きましょう」


花音に社長が優しく声を掛けた。


「はい、有り難うございます」


嬉しそうに答える花音。


「じゃあ、気を付けて……、お願いします」


タクシーは走り出した。花音はいつまでも古城を見つめていた。


社長が花音を乗せた車を見送りながら、


「お前らが、会社に行くなら、わしも一緒に行こうかな」


「大丈夫? 帰って寝た方が良くない?」


アンディの言葉に、


「年寄り扱いするな! まだまだ若いもんに負けんぞ!」


「じゃあ、行こう」


―――

――――――

――――――――

通用口からエントランスに入ると、照明は落とされ受付嬢の姿はない。シーンと静まり返っている。


「賢、ちょっと寄っていいか?」


エレベーターに乗ると、社長がニカッと笑って言った。


「海外事業部ですね」


古城は4階のボタンを押した。


「賢みたいなワーカーホリックがいるんだね」


アンディが面白そうに言った。


「お前もじゃん」


「まあね」


エレベーターの扉が開くと、フロアは社員達の活気で溢れていた。


社長の後に続いて行くと、想像以上の活気で騒然としていた。社長がいるというのに気づく者がいない。


「みんな、頑張ってるねえ!」


アンディの言葉に社長が苦笑した。


「相手さんが、眠らない限りうちも眠れないからな」


「それにしても、すごい活気だなあ!」


驚いているアンディに、社長もその場の空気に飲まれた様に頷いた。


「あれ、賢は?」


「あそこだ。あのグループは、今回プロジェクトで聞きたいことがあるんだろう」


何か真剣に話している。


「すぐ終わるから、ちょっとここで待っててくれるかな」


社長が行きかけると、急にワーッと言う歓声と拍手が起こった。


「社長、なんか良い事があったみたいですね!」


アンディが面白そうに見ている。


「そうだな、ちょっと行ってくるわ」


社長に気づくと、みな緊張した様子で頭を下げていた。


しばらく話した後、また嬉しそうな笑い声がして、みなが帰り支度を始めた。社長は戻ってきたが、古城はその中の何人かとまだ話している。


「おや、どうして帰るの?」


『なに、もう遅いから飯食って帰るように言ったんだよ」


「社長のおごり?」


「でないと賢を返してもらえそうにないからなぁ」


「はは。そうだネ。どうだった? 上手くいきそう?」


「ああ、あのグループは、10日後にニューヨークに転勤するんだ」


「相当大きな仕事なんだね」


「まあな。行く前に、直接古城と話がしたかったらしい」


「そっか、賢に会わせようと思って寄ったんだ」


「ん?」


「賢も今抱えてる案件で手一杯だし。彼らは賢ととくに面識がないので声もかけにくい。通りがかりに話したことなら、賢の負担も軽く済むもんね」


「お前は、よく見てるなぁ」


「分かりやすいもん」


こちらに古城たちが戻って来た。


「じゃあ、古城さん、宜しくお願いします。有難うございます。次に会う時はニューヨークですね。社長、ご馳走になります」


「うん。しっかりね」


「お、楽しんできて」


「「「はい!」」」


「一緒に行くことにしたのか?」


社長が古城に聞くと、


「はい」


「そうか……」


「社長、行かれなくてもいいんですか?」


「うん?」


「社長の行きつけの店を紹介していたので」


「わしが行っても気づまりだろうからな。仲間でワイワイやる方がやる気が出るさ」


社長は若い営業の人達が可愛いのか、目を細めて言った。

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