第44話

羽田が言った通り今日の海は、ことさら美しかった。瀬戸内の静かな波が、太陽の光を受けてキラキラしている。


風も心地いい。


庭には白い陶器のテーブルと椅子が置かれ、日差し除けの萱の屋根が掛けられていて、何とものどかな風景だ。


「良い所だね」


古城は椅子に腰かけながら言った。


「はい。ここから見る海は大好きです。あ、あそこにブランコがあるでしょ。小さい時は、あのブランコで遊んでいました。


母が事故に会って、今の中津の家に移ったんですが、やっぱりここに来ると落ち着きます。思い出がいっぱいあるから~、あ! チャッピーだわ。チャッピー、おいで!」


見ると、チャッピーが嬉しそうにこちらに走って来る。その後ろから羽田さん達が、ケーキと珈琲を持って来るのが見える。


「お嬢様、珈琲をどうぞ!」


羽田は二人の前に珈琲を置くと、銀のトレーに載せられたケーキをテーブルの真ん中に置いた。ケーキは銀のトレーに取りやすく並べられていた。


「おいしそう……。ケーキどれにしますか?」


「選んでくれたのでいいよ」


「えっと、じゃあ……」


花音は古城のためにチーズケーキを選んだ。そして自分にはストロベリーケーキを選んだ。


「いただきま~す」


花音がにっこり笑ってケーキを頬張った。


「おいしそうに食べるね」


「だって、すごく美味しいんですもん」


花音は嬉しそうに笑うとパクパクっとケーキを食べた。


「それなら、これもどうぞ!」


古城は花音の方に自分のケーキ皿をそっと滑らせた。


「わぁ! いいんですか! いただきます」


それを見たチャッピーが“頂戴”っと言うように、古城に飛びついた。


「あ、チャッピー、ケーキ好きだったね。少しあげても?」


「あ、はい!」


チャッピーは嬉しそうにパクっと食べた。


「あ、あの、珈琲お替りされますか?」


「ありがとう」


花音が消えた方から、暫くして笑い声が聞こえてきた。さっきの二人と話しているのだろう。内容は聞こえないが、楽しそうな声だ。


吹く風は心地よく、彼の目に眼下の透き通った海の青さが入って来る。穏やかな日差しを浴びた海は、時には金色に光り揺らいでいた。


古城は、花音の話を思い返していた。


ーーー海の碧と空の青の同化する所、静かで何もないところ


そこには波の音と風の音しか聞こえなくて、

太陽の光が温かく降り注いでいつの間にか眠ってしまうーーー


冷たい海の底へと、一人で逝ってしまった凛。


凛も花音のように人を気遣う優しい子だった。


凛、兄ちゃんは、苦しいよ。お前が苦しんでいる時、何も気づかず、何の力にもなってやれなくて……

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