第43話

車はゆっくりと病院から遠ざかっていく。


「この坂を、いつも下りて帰るんだよね」


「はい。でも帰りは下りだから早いですよ!」


楽しそうに走る真似をして花音が言うので、彼は可笑しそうに笑った。


「あ、芦屋の家、分かりますか?」


「うん。ナビに入ってるから」


花音は走る車から外の景色を幸せそうな顔をして見ていたが、疲れからウトウトしている。


信号が赤になった。


古城は待っている間に、助手席の背凭れを少し倒して花音に上着を掛けた。チャッピーも膝の上で穏やかな顔で寝ていた。ショックを与えないようにゆっくりと運転しながら、芦屋へと向かう。


ナビから目的地到着のアナウンスが流れてきた。彼は車を大きな鉄の門の前で停めて声を掛けた。


「着いたよ」


「あれ? 私、寝ちゃったんだ。ごめんなさい」


恥ずかしそうに俯いたまま謝った花音。


「疲れてるんだね。大丈夫?」


花音は照れ笑いすると、スマホを取り出して門を開けた。


「駐車場はどこかな?」


「真っ直ぐ行って、建物沿いに左に曲がると地下に降りて行く所があります。そこが駐車場なんです。でも、玄関前に停めておく場所があります」


門扉が左右に開き、年配の女性と花音より少し上くらいの女性が出迎えてくれた。


芦屋の家を管理している羽田と岡の二人だ。


「お帰りなさいませ。お嬢様、今日はお車なのですね」


「はい。ごめんなさい、連絡もせずに」


「何をおっしゃいます。いつもお待ちしているんですよ。あら、チャッピーちゃんも一緒なんですね」


羽田は門が閉まったのを確認して後部座席を開けた。チャッピーは、二人に飛びついた。


「キャー! 久しぶりね! 大好きよ!」


二人は嬉しそうにチャッピーをクシュクシュしている。チャッピーは、ひとしきり甘えると一目散に家の中に入っていった。


「あ! チャッピー! ごめんなさい。羽田さん。足ふいてないのに……」


「チャッピーちゃんは子犬の頃はここで暮らしていたんですもん。懐かしいのですよ」


「それに、チャッピーは私たちの上司みたいなものですよ」


岡も嬉しそうだ。


「お邪魔します」


「「! ! !」」


古城が車から降りて挨拶すると、二人はドキッとしたようだった。岡は真っ赤になっている。羽田がハッと岡を肘で小突いた。岡はハッとして古城に頭を下げた。


「この家を管理して下さっている羽田さんと岡さんです」


花音は古城に二人を紹介した。


「こちら古城さんです」


「花音さんの母上から、ボディガードを仰せ使った古城と申します。よろしくお願いいたします」


彼は、少しはにかんで、人懐っこい笑顔で二人に挨拶した。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


ふたりも、同時に頭を下げた。


「あの、ケーキ持ってきたので、みんなで食べませんか?」


花音はその様子を見て、嬉しそうに言った。


「わあ! 嬉しい。お嬢様、お庭で召し上がりますか? 今日の海は特に綺麗ですよ」


「はい! 羽田さん、お願いします」


「すぐに、御用意いたしますね」


「ありがとう。羽田さん」


「古城さん、こっちです」


花音は古城の手を引っ張って庭に案内した。

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