第26話
「大丈夫?」
「え?」
「さっきからため息ばっかりついてる」
「ご、ごめんなさい!」
「さっき、ウソついたから、怒ってる?」
「え?」
「兄だと言ったこと。凛の大切な友達だから、つい身近な気がして……馴れ馴れしかったかな……」
「い、いいえ、違います。そんなことないです」
兄という言葉に花音の心はズキッとした。けれど、出来るだけ笑って見せた。
「そう? なら、良かった」
古城のホッとしたような表情に花音は複雑な気持ちになる。
「あの人のこと、嫌なの?」
「あ、いいえ、…………いえ、やっぱり苦手です」
「そう……」
花音は月曜日、また吉原に何か言われるのかと頭がいっぱいになってきた。
自分の思惑がバレても悪びれることなく、食事に誘ってくる吉原。
(……気持ち悪い……)
「元気ないね……」
「え?」
「今日はやめる?」
「え? ええ~!」
花音はショックで頭が真っ白になった。
「……あ、私、大丈夫です。食事に行きたいです……」
「それとも、うちに来る? 何か軽いもの作って食べようか」
「い、い、いいんですか?」
「ま、片付いてなくて、申し訳ないけど……」
「私、掃除得意です!」
「いやいや、それはいいよ。お客様として来てくれればいいんだから……」
「はい! 有難うございます」
「じゃあ、途中で材料買おう」
「はい!」
花音は彼の思わぬ提案に舞い上がった。
通り道におしゃれなスイーツ店があった。
「おいしそう……」
「ケーキ好きだったね。見てみる?」
「はい!」
彼がそっと背中に手を置いてくれた。花音はまるでエスコートされてるような気持になった。
店内は明るく、可愛い花で飾られている。「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた店員に軽く会釈する花音。
(どれにしよう……。モンブラン? レアチーズ、それともストロベリー……どれも捨てがたいなぁ……)
花音はみんな美味しそうで目移りしていると、古城が店員に注文した。
「すみません、一種類ずつみんな入れて頂けますか。……あと、同じものをもうひとつお願いします」
「はい! 有難うございます」
店員が嬉しそうに返事する。
(え? もうひとつって? 誰に?)
花音は頭の中がパニックになった。
「あ、あの……」
古城がこちらを向いたが、花音は何でもないと首を振った。心の中のモヤモヤが止まらない。
「どうしたの?」
「え?」
声をかけられて我に返った花音が見上げると、古城が顔を少し傾けた。
「また、元気ないから……」
「あ、えーっと……」
「うん」
(どう言おう……、まさか、“もう一つのケーキは誰に上げるんですか?” なんて聞けないし……え~っと)
「あ、あの、ケーキを持ったまま、スーパーって入りにくくないですか?」
花音は我ながらうまくごまかせたと思った。
「え?」
「これを夕飯にしましょう!」
花音が元気よく言うと、彼は可笑しそうに笑って、
「いや、ラーメンくらいはあるよ。ごめんね。昨日のお礼にごちそうしようと思ったのに、どんどん簡単になってしまったね」
彼がすまなそうに笑った。
こんな風に話しているうちにさっきまでのモヤモヤはいつの間にか消えていた。
淀屋橋から Osaka Metro御堂筋線に乗り、花音の降りる中津駅を過ぎて、彼の住む江坂で降りた。
もうすぐ彼の家に行く。――そう思うと、花音は嬉しくてワクワクしてきた。
(彼の部屋ってどんなだろう…)
何だかドキドキしてくる。
嬉しいような怖いような、しばらく歩くと、マンションが立ち並ぶ通りに出た。駅前と違って静かだ。その中でもひと際大きなビルの前で彼が足を止めた。
「ここだよ」
エントランスに、三友商事江坂ビルと書かれた石板があり着工年が彫られていた。カードを通すと表玄関が自動で開く。エレベーターホールに行きボタンを押した。
「5階に住んでるんだ」
エレベーターの扉が開くと、彼の後について廊下を歩く。503号室の前で鍵を開けた。彼が明かりをつけると、殺風景な部屋が二部屋あり、キッチンもある。とてもキレイ……と言うより、生活感がない。
「どこでも座って……」
彼がキッチンに行く。
花音は手伝ったほうがいいのか座ったほうがいいのか判断がつかず、まごまごしていた。
「あ~! ごめん、ラーメン一個しか無い……、ちょっと買ってくるよ」
「あ、あの、私も一緒に行きます」
花音は慌てて彼の後を追い、マンションの1階にあるコンビニに行く
お弁当持参派の花音もコンビニに行くことはある。でも、彼と一緒に行くコンビニは何もかもが新鮮に見えた。
「どれもおいしそう!」
花音はまた迷い始めてしまった。
(からあげか……ハンバーグか……う~ん)
「あ、弁当にする?」
「あ! えっと、……か、から揚げにします!」
思わず声が裏返ってしまった。
「ああ、これうまいよ。僕も同じにするよ」
彼は二つカゴに入れた。
「あ、カップ麺も見ていい?」
「あ、はい!」
こうしてみると、カップ麺と言ってもたくさん種類があって驚いた。またも花音は迷ってばかりでいつまでも選べない。
「これとこれ、うまいよ。後、これもお勧めだよ」
と言って、二個ずつ買っていく。当然のように花音の分を選んでくれるので嬉しくなった。
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