第25話

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――――

――――――


「はぁ……」


仕事が終わって花音はため息をついた。いろんなことが連続で起こって、頭が混乱している。


――ピコンー―


スマホが鳴った。見ると古城からだった。


花音は信じられなくてスマホの画面を凝視した。


「えっ!」


思わず声を上げてしまい、ハッと口を抑えて周りを見る。幸い側には誰もいなかった。



>>>昨日のお礼に夕食いかがですか?<<<


(わ~!)


嬉しくて、思わず叫んでしまいそうになる。


(あ、早く返事しないと……)


焦るあまり、指がもつれて動かない。


―>はい! 有り難うございます<―


>>>三友商事の正面入り口で待っています<<<


三友商事は、御堂筋沿いにある大企業。その正面入り口ならすぐ分かる。なぜなら、花音の会社は三友商事の塀沿いを、横道に入って10分程行った所にあるからだ。



花音は、ショルダーバッグを握ると急いだ。


横はもう三友商事の敷地だ。良く手入れされた垣根が延々と続いている。見上げれば、天に突き刺す高いビル。その巨大なビルは国の経済を支えているかの様な誇りを持って、悠然と立っている。


御堂筋に出ると、古城が花音に気づき手を振ってくれた。嬉しくて舞い上がった。思わず走り寄った。


「そんなに急がなくても」


「嬉しくて!」


「そんなに喜んでもらえるなら、毎日でも誘おうかな」


古城が優しく花音の頭に手を置いた。花音の胸が高鳴る。


「本当ですか! 嬉しいです!」

 

「ああ、でも、チャッピーが待ってるから、あまり時間がかかるのは良くないよね」


「ルリ子さんが見てくれているから、大丈夫です!」


「そっか。じゃあ、どこへ行く?」


「う~ん」


「じゃあ、歩きながら探そう!」


「はい!」


「食べられないものある?」 


「なんでも好きです!」


花音が夢見心地で歩いていると、手を振ってこちらに近づいて来る人がいた。


「……吉原さん……」


花音の体が固くなる。


「伊藤さ~ん。仕事終わったの?」


「はい」


「今日は金曜日だ。今から食事に行こう。おごるよ!」


(私、きちんとお断りしたのに……どうして?)


花音は、思わず古城の後ろに隠れた。


「今から、二人で食事に行く所なのですが……」


古城が花音の代わりに答えてくれた。


「え……と、どちらさま?」


吉原は、自分より頭一つ高い古城を見上げながら言った。


「兄です。妹が御世話になっています」


(い、い、妹……?)


大切にしてもらってると感じて嬉しいのに、妹と言われると複雑な気持ちになる……


吉原は訝し気に花音を見た。花音に兄弟がいないことを確認済みなのだろう。


「失礼しました。私は、伊藤さんと同じ会社の吉原と申します」


吉原が胸ポケットから名刺を取り出すと古城に差し出した。


古城の左腕はしっかり花音にしがみ付かれているものだから自由が利かず、右手で器用に黒革の名刺入れから、一枚名刺を出して渡す。


「この様な状態で、片手ですみません。古城と申します」


古城は小首をかしげて苦笑した。


吉原がジッと自分を見ている。花音はハッと自分を確認した。いつの間にか古城の腕にしがみついていたのだ。花音は慌てて古城から離れた。顔から火が出そうだ。


「古城さんとおっしゃるのですか。伊藤さんではないのですか?」


詳しく聞きたそうな吉原。


「事情がありまして」


「……申し訳ありません。余計な事をお聞きして」


古城はすまなそうに微笑んだだけなのに、吉原は気圧されたように謝るだけだった。


「……いえ」


吉原は、古城の差し出した名刺に見入っている。


「どうされました?」


「三友商事の方ですか?」


「はい」


「すごいですね……」


吉原は古城と名刺を交互に見ている。花音の存在など忘れているようだ。


「会長付秘書室長と書かれていますが、会長って、日経連の大垣会長の事ですよね」


「そうです」


「会長の秘書をされてるんですか?」


「ええ……」


「すごいなぁ。へぇ……、いやぁほんと……」


吉原はさっきからすごいを連呼している。


「いやぁ、伊藤さんとは同じ部署で親しいもので……。食事でもと思って誘ったんですよ」


「そうですか。有難うございます。宜しければ、こちらに遊びに来てください」


「ええ! 会社にお邪魔していいんですか?」


「はい。いつでもどうぞ。では、私たちはこれで失礼しても?」


古城の言葉に吉原は、丁寧に頭を下げると、


「あ、はい! お引止めしてすみません。じゃあ、伊藤さん、月曜日にね」


吉原は親し気に花音に手を振ったが、花音はぎこちなく頭を下げた。

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