第22話

「……会って届けたいんですけど……連絡先を聞いてなくて……」


花音はそこで黙ってしまった。


(凛ちゃんと初めて会った時やお兄さんのこと話したいけど、写真の凛ちゃんとお兄さんに悩みを聞いてもらってるなんて言ったら、頭がおかしいとも思われないかな?)


そう思うと話せなかった。古城は手に取ってRinのチャームを思いつめたような瞳で見ていた。


花音は居たたまれなくなり、スマホに指を滑らせた。


凛と白いセーターを着た男の子が笑いかけている写真を見せた。古城は食い入るように画面をのぞき込んだ。


「これは……」


「あの、この子が凛ちゃんです。そして隣がお兄ちゃん、古城さんにそっくりでしょ?」


花音は他の写真を見せた。他にも、気取った顔や、おすまししてポーズをとる二人の写真。とても楽しそうな様子だ。


「これ、可笑しいでしょう。二人で変顔して遊んでたんです。凛ちゃんとほっぺたを押し合いっこして! あ、これは動画です」


画面の中に、キャーキャー笑いなが、裸足になって砂浜を走っている白いワンピースの女の子が映っていた。


「ね! 綺麗な子でしょ」


古城は愛しい者を見るような目で見ていた。それなのに、苦し気な表情を浮かべている。


「あ、あの……」


「楽しそうだね」


こちらを向いたときは、いつもの古城だった。でも、また画面に視線を戻すと、苦しそうに眉を寄せていた。


「これは、いつの?」


「10年前、5月のゴールデンウィークの最初の日です」


「……10年……」


「……それきりで……でも、あんなに心を開けたのは凛ちゃんだけです。大好きな友達です。


次の日も会う約束をしていたんですけど、会えなかったんです」


古城は、苦しそうに目を伏せた。


「……あの……」


「妹なんだ……」


「え?」


花音は言葉を失った。


「凛ちゃんのお兄さんですか?」


「うん」


「ここは、どこ?」


「白浜です。和歌山の」l


「あの……」


花音はあんなに凛がどうしているのか知りたかったのに、今は恐ろしく嫌な予感がした。聞きたくない!


(まさか……凛ちゃん……)


「もう、凛はこの世にいないんだ」


花音は自分の息が止まったような気がした。


「つ、次の日、凛ちゃんと待ち合わせをしていたんです。私、待ってたんです……」


古城はまた画面を見つめたまま黙ってしまった。


花音の瞳から涙が後から後から溢れてくる。


「あ、あの、これ……お返しします」


花音がストラップを外そうとすると、古城は花音の手を止めた。


「いや、君が持っていて」


「でも……」


「きっと、凛もそう望んでると思うよ」


「そうでしょうか……」


「うん」


凛が死んでしまったということを花音は受け入れられなかった。古城は、涙の止まらない花音の頭をそっと撫でた。


(……優しい手……)


古城の方が絶対に苦しいはずなのに、花音を慰めてくれる。


凛が亡くなったのは、花音と会った翌日だったらしい。花音が待っていたときはもう、凛はこの世のものではなかったというのだ。




「大丈夫?」


涙が止まらない花音を心配する優しい声。


「ごめんなさい。古城さんの方がもっと辛いのに……」


「君に会えて本当に良かった。有り難う。凛の事を思っていてくれて、心から礼を言います」


「凛ちゃんは私にとって心を許せるたった一人の友達なんです」


また涙が止まらなくなった花音の髪を古城が優しく撫でてくれた。


「そんなに泣いてばかりいたら、凛が心配するよ」


花音の心が落ち着くように古城が軽く背中をポンポンと叩いた。穏やかな笑顔だった。


花音もにっこり笑顔で返した。

チャッピーはいつの間にか、古城の膝の上で気持ち良さそうに眠っている。花音も今日の出来事の目まぐるしい疲れで、いつの間にか眠ってしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る