第21話

「迷惑かける事になって、ごめんね」


彼は申し訳なさそうに謝った。


「私、温かい珈琲を淹れてきますね」


(まだ彼と一緒にいられる! 雨の神様、ありがとうございます!)


幸せで心が弾む。


部屋に戻るとチャッピーが嬉しそうに飛びついてきた。


花音はさっそく珈琲を淹れて、ソファーでチャッピーとじゃれている彼の前に置いた。


「ありがとう。珈琲淹れるの上手だね」


「本当ですか! 嬉しいです」


花音は、褒められて嬉しくなった、距離も縮まったような気がする。


思いついたようにまたキッチンに戻った。昨日ルリ子が用意してくれていたケーキがあるのを思い出したからだ。


花音の好きなフルーツのショートケーキだ。さっきの珈琲ショップで甘いものは苦手と言っていたけれど、これなら良いかなと思って出す事にしたのだ。


「ケーキもどうぞ!」


「わぁ、可愛いケーキだね」


「はい! とっても美味しいんです」 


花音が遠慮がちにケーキを彼の前に置くと、フォークで切って口に運んでくれた。


「うん。美味しいね」


花音は自分の好きなものを好きと言ってもらえて嬉しくなった。


(珈琲を飲む仕草も、ケーキの食べる姿も素敵! 何てカッコの良い人なんだろう)


「どうしたの?」


不思議そうに花音を見る彼。


「あ……」


彼に見惚れていて、自分のケーキを食べるのを忘れていた。


(バカバカ、じっと見つめてばかりいたら変な人だと思われちゃうわ……)


チャッピーが彼に「ケーキちょうだい」とおねだりしている。チャッピーはおとなしくて散歩中でも誰かに懐いたりしたことないのに、


「もし、電車動かなかったら、この奥の部屋を使ってください。中にお風呂もあるので、自由に使ってくださいね」


「大丈夫、そんなに気を使わないで……」


(少しずつ敬語が減ってるような気がする。嬉しいな!)


彼の些細な言葉で花音の心が弾む。


「テレビ見てもいい?」


テレビを見ている姿が、この部屋で寛いでいるように思えて嬉しくなって来る。


花音は少しだけ離れて隣に座る。古城はスマホを何度か確認している。きっと、 Osaka Metroの運行状況が気になるのだろう。


「ダメですか?」


「うん。まだだね」


「私が引き留めたから……。ごめんなさい」


夢中で引き留めたものの、あの時、そうしなければ、今頃、彼は家でのんびりしていたかも……。そう思うと、どっと後悔が押し寄せる。


「あ、気にしないで……。僕らが降りた後、すぐに電車が止まったみたい。引き留めてもらって助かったよ。ほら」


スマホを見せてくれた。


「本当ですか! 良かった」


花音は胸をホッとなでおろした。


「あ、あの、……電…号……」


花音は、電話番号を教えて欲しいと思ったが、なかなかのどに引っかかって言葉に出来ない。


「うん。いいよ」


彼は聞き取ってくれたらしく、気軽に返事してくれた。


「あ、有難うございます!」


花音は慌ててスマホをカバンの中から取り出した。彼はストラップに目を止めて、不思議そうにじっと見つめている。


「どこか、おかしいですか?」


「ううん。花音さん……だよね? Rinって?」


「あ、これは……私の友達の落とし物なんです」


「……落とし物……?」


「はい。凛ちゃんって言うんです」


名前を聞いて、彼は少し目を見開いた。


「素敵な名前でしょう? 凛とするって言葉があるでしょう。キリッというか、その凛って書くのです。


すごくキレイな子で、天使が降りてきたのかと思いました。ほんとビックリするくらい綺麗なんです」


それを聞いた古城の瞳が揺れたような気がした。

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