第20話

二人がエレベーターに乗るのを確かめると、大友は花音の母に電話した。


「奥様、夜分にも関わらず大変申し訳ございません。お叱りを覚悟で、お伝えしたいことがございます」


いつもの大友とは違う緊張した声に、母はベッドから体を起した。


「どうしたの? 大友さん。いつものあなたらしくないわね」


「申し訳ありません、お嬢様が若い男の人と一緒に帰って来られましたものですから、少し、動揺してしまいまして」


「例の傘の人と出会ったのね?」


「はい。そのように思います」


狼狽えている大友とは対照的に、母の声は弾んでいた。


「それで?」


「今、中津駅が浸水して電車が止まっているものですから、帰ろうとなさるのをお嬢様がお引止めになりまして、そのご報告とお名刺を頂いたので、お名前を奥様に……」


「何という方?」


「三友商事の古城賢様と……」


母親の留守中に若い男と一緒に花音が帰って来た事をどの様に報告すればいいのか……


大友は花音の恋が実って欲しいとは思うものの、母親の怒りに触れればただではすまない。


この報告を花音の母はどう思うのか……


「……会長秘書の?」


「はい。左様でございます」


「……そう…………」


花音の母はそれきり黙ってしまった。大友は怒りを買ったのではと恐ろしくなった。


「奥様、お知り合いなのですか? お嬢様に電話いたしましょうか?」


「いいえ、面識はないわ。そんなにビクビクしないで。報告してくれて有難う。あなたを信じていますから心配しないで……」


「奥様……!」


「古城さんは素敵な方だった?」


「はい。長年、旦那様の運転手をさせて頂いておりましたが、あんな素晴らしい人を見た事がありません。


男の私から見ても文句のつけようのない方です。あの方がお嬢様の結婚のお相手がであってほしいと思うほどでございます」


「ふふ、だから、家に上げるのを許したのね」


「も、申し訳ありません。立場もわきまえず……」


大友も自分がなぜそんな判断したのか、振り返って考えれば冷や汗がでる。自分の見立て違いで、花音に間違いがあれば、責任の取りようがないのに……


「大友さんがそこまで言う人なんて初めてね。私が主人をどう思うか聞いた時は、あなたは申し訳なさそうに笑っただけだったわ……」


「申し訳ありません。私の立場では、恐れ多くて、申し上げられなかったのです……」


「そうかしら? あなたたち親子は花音の事になると必死だもの。ちょっと、ヤキモチを焼いちゃうわ」


「……そんな、……申し訳ありません」


「ね、花音はどんな様子だった?」


「はい。奥様。今日この辺りは、ひどい風雨でございまして。古城様はお嬢様を守るようにしてお帰りになられました。


古城様はずぶ濡れなのに凛々しく、お嬢様は幸せそうに古城様を見上げておいででした」


「そう……」


「はい」


「大友さん、お願いがあります」


「はい。奥様」


「花音が初めて好きになった人です。何とか花音の恋を叶えてやりたい。でも、あの子は人見知りがひどいから、心配だわ。手助けしてやってくださいね」


「はい、奥様。出来る限りの事をさせて頂きます」


「ありがとう。心強いわ」


「何を仰います。奥様」


「……少し疲れたわ。休みますね」


「はい。おやすみなさいませ。失礼致します」


大友はスマホを握り締め、深く一礼した。

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