第18話

「いい家ですね。落ち着きがあって」


彼は、花音の淹れた珈琲を手に取って言った。全体に女性よりも男性が好みそうなインテリアなのだ。品の良い家具は、どれも大型で長身の彼は、居心地よく感じたようだ。


「母の好みなんです」


花音は嬉しそうにタオルを渡しながら言った。


「お腹空いたでしょう? 私、何か作って来ます」


いそいそとキッチンに行き、エプロンをつけた。花音が簡単な夕食を作っているあいだチャッピーは彼と楽しそうに遊んでいる。


(チャッピーめ~。うらやましいぞ~。あとでヒドイんだからね~)


自炊派の花音の冷蔵庫の中はそれなりに揃っているが、今は一人暮らしなので、やっぱり手を抜きがちだ。


(早く食べられる方がいいかな)


花音はチャーハンを作ることにした。


(あと、レタスとミニトマトをつけよう)


「わぁ! 美味そうな匂いがしてきた。……手伝うことありますか?」


「すみません。こんな物しか作れなくて……、今一人暮らしなので、つい手を抜いてしまって……」


「え? 一人住まいなんですか?」


彼は少し驚いたようだ。


「はい。母は交通事故にあって、今は入院しています……」


「……それは……心配ですね……」


しばらくの間、沈黙が流れた。


「あ、何か、手伝いましょう?」  


「チャーハン見てもらっていいですか?」


「もちろん!」


花音は急いで白いエプロンを持ってきた。かぶるデザインのもので彼に少しかがんでもらって花音がつけた。


「ありがとう」


はにかみながら彼が笑った。花音は野菜を盛り付けて、テーブルに並べた。


「そーだ! ウィンナー、あったんです。焼きますか?」


「いいですね!」


(笑うと子供っぽくてえくぼがあるんだ。片えくぼなのがすごく可愛い!少しでも彼の姿を目に焼き付けなくちゃ!)


「さあ、出来たよ!」


彼が器用にお皿に盛り付けている。

「おいしそう!」


(まるで、恋人どうしみたい! こんな時間がいつまでも続けばいいのに……でも、雨が止めば、彼はきっと帰ってしまう)


花音は、窓の外を見た。雨は激しく窓を打ち付けていた。花音は少しほっとした。


「美味しいです。こんなにパラパラできないので、上手なんですね」


「ありがとう……いつも一人で食べてるの?」


「はい」


すると、チャッピーが花音の腕を鼻でフンフンとつついてきた。


「あ、ごめんごめん。チャッピーと一緒だね」


花音はキューッとチャッピーを抱っこする。すると、スルッと花音の腕をすり抜けて、彼の隣のイスを陣取った。チャッピーがキラキラした目で見る。


「あ、ウィンナー、食べたいのかな? あげてもいい?」


「本当はダメなんです。でも、食べてはいけないものばかり好きで……。私もついついあげてしまうんです」


「じゃあ、すこしだけ……」


ウィンナーを口に入れてもらってチャッピーは嬉しそうにホクホク食べる。食べ終わると、つぶらな瞳で彼を見つめてチョンと彼の足に前足を置いた。


(ちょっと、チャッピー私にだってあんなキラキラした目で見ないのに~!)


「困ったな。じゃあ、今度、安全なものを持ってくるよ」


と言ってチャッピーの頭を撫でた。チャッピーは彼の言うことが分かるのか椅子で丸くなった。花音も彼の「今度」と言う言葉に心臓が飛び跳ねた。


(今度? 今度があるの? わぁ! 嬉しい! どうしよ!)


何気なく交わす会話の一言に、つい期待してしまう。


「ほんとに可愛い子ですね」


チャッピーの頭をわしゃわしゃと撫でている。


「……大好きです」


「え?」


花音はポロっと言ってしまった自分に驚いた。


「あ、片付けますね!」


彼も片づけを手伝ってくれた。食洗機に食器を入れてテーブルを拭く頃に、雨が小さくなって来た。

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