第17話

中に入ると明るく広いロビーだ。アールヌーボーを基調とした曲線が美しい。欧風の落ち着いた雰囲気を醸し出している。


エレベーターホール横のカウンターには初老の男性がいて、心配そうに花音達の様子をみていた。大友だ。花音の祖父、そして父の専属運転手だった。


会社の拠点を東京に移した現在は、このマンションの一階に住み、娘のルリ子とマンションの管理をしている。


「お帰りなさいませ。大変な雨でございましたね」と挨拶した。


「はい。雷が酷くて……」


花音が男性を連れて帰ってくるなんて初めてなのに、自然な応対をしてくれた。きっとルリ子から、話を聞いているのだろう。


「ルリ子さんは?」


「今日は、孫たちの所に行っております」


エレベーターの中で、さっきの自分の行動を思い返すと恥ずかしくなってきた。


彼を引きとめる事ができて嬉しいものの、彼の気分を害してないかと、急に不安になってきた。


「ごめんなさい。無理にお引き留めして……」


「いえ、助かりました」


彼は、言葉少なに礼を言った。


エレベーターが開くと、待っていたようにチャッピーが飛びついて来た。


「駄目でしょうチャッピー。お利口にして! どうしたの今日は? そんなにはしゃいで! いつもは良い子なのに」


アタフタと焦る花音の言葉などお構いなしに、今度は彼に飛びついて足元を嬉しそうにくるくる回る。 


「ははっ、大歓迎だな。チャッピーって言うの。可愛いね」


チャッピーは、初めて会ったばかりの彼に、「抱っこ!抱っこ!」とせがんでいる。

彼は、優しくチャッピーを抱き上げて頭を撫ぜた。


「ごめんなさい。お客様が来るなんて初めてなので、嬉しいんだと思います」


(でも、良かった。彼がチャッピーのことを気に入ってくれて……)


「どうぞ、散らかってますけど……」


部屋は、シルバーホワイトを基調にした壁や天井が照明の陰りを付けて陰影を造り、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


適度に置かれている観葉植物の葉が、壁や窓と相まって何とも良い感じだった。


床はふわっと沈みこむようなふかふかの絨毯が敷かれ、フロワー全体が淡いベージュに統一されていた。


カーテンの隙間から、雷の凄まじい光と共に、激しく雨が打ち付けているのが見えるが、

防音が効いているのか全く音は聞こえない。


リビングにはシルバーグレーのゆったりしたソファーがあり、高い天井から、かかっているカーテンは白のレースとソファーに合わせたブルーグレーだ。


「あ、あの、えっと、スーツの上着乾かしておきます。……あの……」



「有り難う。では、御言葉に甘えて」


彼は礼を言って、上着を脱ぐともう一度「有り難う」と言って花音に渡した。


チャッピーはと言うと、親友と再会したかのように彼にまとわりついて甘えている。


「ここに座って、待ってて下さいね。すぐに温かい珈琲を持って来ますから」


花音が行ったあと、彼はガラスのソファテーブルの上に置かれている雑誌に目を止めた。

と手に取りかけた時、珈琲を作りに行った筈の花音が戻って来て、慌てて本を取り上げた。


「あ、わわわ! ダメです! これは女の子専用の本なんです。だから駄目です」


「どうして?」


『美しくなる10の法則』と表紙に書かれている本を抱えて、真っ赤になって下を向いている花音に、悪戯っぽく笑いながら言った。


「どうしてって……」


(次に会えた時、少しでも綺麗になっていたくて、……見られるなんて……恥ずかし~)


花音はそそくさと片付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る