第12話

翌日の土曜日、花音は母のいる療養所に行くため三田の駅にいた。ここからバスに乗った後、緩い坂道を10分ほど歩く。毎週来ているので坂道もなれたものだ。


病院へと続く坂は桜の並木道になっていて、春になると見事な姿を見せてくれる。青葉の季節も好きだが、夏になると少しきつい。


「花音ちゃん。どう? あの人に会えた?」


母は花音の顔見るなり聞いてきた。嬉しそうにしているが今日は顔色が悪い。こんな時、花音は泣きたい気持ちになる。


アメリカにママのような人を助けられる医師がいると聞いたが、アメリカ国内の患者だけで手がいっぱいで難しいという。


(ママの心臓は飛行機に耐えられないし……。あのお父さんがアメリカまで交渉に行ったのに断られた。お父さん、悔しそうに泣いてた……)


「ママ、今日、大丈夫?」


「大丈夫、花音の顔を見れば、すごく元気になるの。ねぇ、どうだったの?」


「ううん、会えなかった」


しょんぼり答える花音。


「大丈夫よ。必ず会えると思うわ。そんなに気を落とさないで」


「そうかな……」


母は、励ましてくれるけど、花音は少し自信を無くしていた。


「でも、良かった……。ママ、心配だったの」


「え? 花音、スマホの王子様に夢中だったでしょう?」


「お友達とも一度会ったきりで10年以上会えないのに、会ったこともないお友達のお兄さんに夢中だったから、花音がほかの人に目を向けてくれて、ママ、嬉しい……」


幸せそうに笑う母。


「……その、実は、この人にすごく良く似てるの」


花音は悪戯っぽく笑いを返した。


「まあ! そうなの!」


「うん、わたしもビックリちゃった」


「そう……、不思議なこともあるのねぇ……、ね、写真見せて」


「うん」


待ち受け画面を見せる。美しい兄妹が現れる。


「そんなにそっくりなの? こんなに素敵な人が二人といるかしら?」


「うん。びっくりした」


「へぇ、不思議なこともあるのねぇ……。ね、他のも見せて」


「はい。どうぞ♪」


花音はおどけた様子で写真のアプリを開く。


「花音は、どの写真が一番好き?」


「これ!」


花音がタップすると、凛と花音の映った写真が大きくなった。


「ふふ、二人で、顔をくっつけて可愛いわね。凛ちゃんの好きな写真は?」


「これよ……」


花音が大きくすると、


「待ち受けにしてる写真ね?」


「うん」


「凛ちゃんね。お兄ちゃんの事大好きって言ってた。お兄ちゃんは、賢いという字を一字で賢さん。


凛ちゃんも、お友達がなかなかできなくて、お兄ちゃんと話している時が一番楽しいって……」


「そりゃ、こんな素敵なお兄さんなら……」


「うん。ほんと」


「でも、凛ちゃんとは一度しか会ってないのよね?」


「……うん」


「約束したんでしょ?」


「……うん」


「心配よね。事故とかに遭ったんじゃないわよね……」


「……うん……。連絡先聞いておけばよかった……。あれから、あの場所に何度も行ったけど……、結局、会えなくて……」


「和歌山の別荘に行ったときに会ったのよね」


「うん。砂浜があるでしょ? そこで会ったの。白いワンピースを着てた、すごく綺麗で、妖精みたいだった。


見惚れちゃってたら、凛ちゃんが“こんにちは”って声かけてくれたの。……ああ~……話してたら、すごく会いたくなって来ちゃった」


花音の目が潤んできた。そんな花音をママは優しく抱きしめた。

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