第8話

「お父さんは、自分はママと恋愛結婚したのに、私にはお見合いばかり言うのね。早く行かないとトウが立って、貰い手がなくなるぞって、そればっかり……」


「花音ことが心配なのよ。一人娘だもの」


「最近は、郷田さんをすごく勧めるの。仕事熱心で非の打ちどころが無いって、私、あの人、苦手で……」


「あ~、秘書の……、癖が強いわよね。でも、あれぐらいでないと、お父さんにはついて行けないかもね」


「私、あの人、イヤ。なんかコワイ……」


花音は、膝の上にある手を握り締めた。


「大丈夫よ。ママも一緒に断ってあげる」


「うん。いつもありがとう、ママ」


いつも協力してくれるママ。でも今回は難しいのではと、花音は心配だった。父が特別気に入っているから勝手に進められそうで怖かった。


「ねえ、花音の話も聞かせてよ。どんな人?」


「う……、うん」


「きっと、素敵な人なのね!」


ママの言葉に、花音の頬がほんのり赤く染まる。そして、恥ずかしそうに頷いた。


「うん……」


花音はひと息、吸うと、昨夜の出来事をママに話した。御堂筋を歩いていた帰り道、転んで立てなくて困っていた時、助けてもらった事を……


「まあ、それで、ケガは?」


「あ、それは大したことないの。ほら」


花音は椅子から立つと、膝の怪我を見せた。


「でも、心配だわ」


「大丈夫、大丈夫!」


「ママ、花音のそんな嬉しそうな顔、久しぶりに見たわ!」


「傘、返さなくていいって……言われたけど、返したいと思うの。探しても迷惑じゃないかな……。名前も聞いてないけど……」


「何言ってるの、こんなに可愛い花音が迷惑な訳ないわ」

「ママ……」


(ママ、いつも褒めてくれるけど、私、美人じゃないし……。それにママみたいに明るくて活動的じゃない……。会話も下手だし……)


「どうしたの? 元気出して」


「え? ううん、傘、返せるかなと思って……」


「大丈夫よ。きっと、近くに勤めてる方だから」


ママは、自信満々でそう言ってくれたけれど、花音は不安だった。


(あの人は、私の事を覚えているかしら……)

思うだけで、胸が苦しくなって涙が出て来る。


「花音ちゃん、その人の事、ほんとに好きなのね」


「なぜだか分かんないんだけど、その人の事を思うと涙が出て来るの」


「分かるわ。でもね、きっと花音の心はその人に通じるわ!」


「……うん」


花音はママに聞いてもらって良かったと思った。

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