第7話

ーーー土曜日、花音はママの療養所に来ていた。


ママのベッドの傍らで、鼻歌を歌いながらリンゴを剥いている花音。どこか弾んでいる様子の花音に、


「ねえ、好きな人、できたの?」


ママの突然の問いかけに、花音はビックリしてリンゴを落としそうになった。


「ど、どうして?」


何とかリンゴを持ち直す。


「だって今日、来た時から、ずっとウキウキしてる。とっても嬉しそうなんだもの」


花音は首をすくめて、ごまかし笑いをすると、またリンゴを剥きだした。


「え? ううん」


「うそ、ママには分かるわ」


「実はね、とっても素敵な人に出会ったの! 昨日、会社の帰りに土砂降りになってね、傘を貸してくれたの」


「まあ! お父さんみたい」


「ええ~。そんな優しいところあるの? お父さんに?」


ママの言葉に、花音は意外そうな顔をする


「昔はとってもロマンチックだったのよ」


花音が話しているのに、大学時代の思い出に浸りはじめるママ。


「お父さんはね、イケメンで頭も良くて、みんなの憧れだったの。そんな人と結婚できてママは幸せ者だわ!」


「お父さんが? 信じられない……」


花音のママは父のことが大好きで、いつも目を輝かせている。


「そうよ! だから付き合うことになったときは嬉しくて、天に昇る心地だったわ」


言いながらうっとりした表情になる。花音は父に夢中なママについていけない。


「でもね、卒業間近になってきたら、お見合いの話がどっと来て、写真を積みあげたらママの胸ぐらいあるの。


おじいちゃんたら、なんて言ったと思う。その写真の中から、気に入ったのを選べというのよ。信じられないわ。ほんと無神経なんだから。


でも、ママはお父さん以外の人と結婚したくなかったから、毎日ケンカよ。身も心もヘトヘトになったわ。おじいちゃんは、あの通り面倒くさい性格でしょ」


花音には優しい祖父。そんな風にはちっとも見えない。


(おじいちゃんもママには困ったお父さんだったのかな……)


「でも、おばあちゃんが私の味方だったからね。いっつも勇気づけてくれたわ。一生、共に行く人だから、自分が好きと思う人と結婚しないと駄目よ。


でないと世間でよく言う結婚は人生の墓場って事になるのよ。好きな人と結婚できるって、何事にも代えられない大切な事だって」


「で、どうやっておじいちゃんを説得したの?」


「駆け落ちしたの……。そしたら、あっさり折れてくれたの」


「駆け落ち……? 今のお父さんから想像できない」


「ふふ、そうね……」


ママは幸せそうに笑った。

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