第5話
ようやく仕事を済ませての帰り道、御堂筋を歩いていると、運悪く急に雨が降ってきた。
道行く人も急ぎ足になる。本町駅までもう少しの所で、雨は本降りに変わった。花音はショルダーバッグを抱えると駅へと急いだ。
(あっ、駅だわ。もうちょっとだ!)
ホッとした時、誰かの肩が思いきりぶつかった。その勢いで足を滑らせて勢いよく転んでしまった。
「~~~~! い、……た……」
恥ずかしいやら、痛いやら、泣きたい気持ちになる。とはいえ、痛すぎて、なかなか立てない……。
休みなく降る雨が、どんどん花音を濡らしていく。通行人が急ぎ足の中、ジロジロ見ていく。花音はいたたまれない気持ちになった。
ふっと、雨がとまった。
「大丈夫ですか?」
とっても爽やかな優しい声。見上げると、男の人が傘を差しかけてくれていた。
花音はビックリして呆然とした。
(に、似てる……凛ちゃんのお兄さんに……)
花音は痛いのも恥ずかしいのも忘れて見惚れてしまった。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
その人は、そっと手を差し出してくれた。
「大丈夫です。あ、有難うございます」
花音は恥ずかしくて俯いた。
吹降り雨の中、その人は花音の手を取ってくれた。
「あ、あの、すみません」
なかなか立ち上がれない花音は、その手に縋って、何とか立ち上がった。
「大丈夫ですか」と、また言ってくれた。
温かくて大きな手、優しさが伝わってくるようだった。でも、花音を起こすとその手は離れてしまった。
雨はしきりに降り続け、花音に傘を差しかけているせいでその人はスーツの肩を濡らしている。
花音は申し訳ない気持ちになった。
雨はさらに強く降ってくる。
「駅、すぐそこだから、急ぎましょう。歩けますか?」
「はい」
心地よい声に促されて、少し足を引きずりながら歩く。花音が濡れないようにと、傘の向きを変えてくれた。
まるで、夢のようだった。こんな素敵な人に助けてもらえるなんて……
いつまでも、こうして一緒に歩いていたいと思ったけど、もう駅に着いてしまった。
「じゃあ、私はここで。傘は返さなくていいですから。どうぞ、持って行って下さい」
「えっ?」
その人は花音に傘を持たせると、「それでは」と手を挙げて、人ごみの中に消えてしまった。
必死に探すが、もうその姿はなかった。
「あ、あの……」
(行っちゃった……ちゃんとお礼を言ってないのに……)
花音は、彼が残していった黒い傘をキュッと握りしめた。
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