第9話 忖度と隠蔽の常習化

 ずさんな管理、その場凌ぎの対応、環境汚染・衛生面の悪化、貧富の差による不満などに足元を掬われ始めた中酷。国土は広いが土壌の悪さや資源不足、人口の増大の焦りは、他国・自国人民に対して、より強固な威嚇行動に突き進ませることになる。


 中酷科学学院武漢病毒研究所から流出した新型コロナウイルスは、研究所のある武漢を中心に広がりを見せ始めていた。メッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」に「武漢の人々がSARSに似たウイルスに感染しており、自分の病院でも患者が隔離されている」との投稿が寄せられ、話題となり反響が拡散した。中央政府は揉み消し、隠蔽に躍起に。投稿者、その周辺の口止め。記事、アカウントの削除。鼬ごっこは、民衆にリードを許す。隠しきれなくなった中央政府は、被害の過小報告を発表。病院で亡くなった者はカウントし、重傷者を病院外に放り出し、自宅などで亡くなった者はカウントしない。政府の都合を上回る数字になれば、原因不明の死として黙殺。小手先の数字合わせは、拡散の勢いに反比例し、人民の中央への信用度は落ちていく一方だった。

 中共工作員がウイルスを使った香港に立ち寄った人民が、発症した。その症状や渡航歴を隠蔽し、感染者は何食わぬ顔で「万家宴」に参加。「万家宴」は、春節を祝う大宴会だ。1月18日に、武漢で行われた春節の到来を祝い、各家庭が自慢の手料理を持ち寄って皆で食べるという中酷南部の伝統行事。4万世帯以上が参加した。この時、武漢市当局は41人の感染を発表し、国内には、人から人への感染は排除できない、としていた時期だった。しかし、宴会は、忠告を無視し予定通りに行われた。この時期の開催を黙認した武漢市当局への批判は、人民の怒りを買った。

 感染者はスーパー・スプレッダーとして確認されているだけで十数人に感染さ、二次感染、三次感染、表に出てない保菌者を考えれば、ウイルス拡散として最悪な結果を招いた。注目すべきは、国内で広がりを見せ始めたウイルスより感染率の高いウイルスを香港に立ち寄った者が持っていたことだ。


 スーパー・スプレッダーのウイルス確保が任務だったムハメドだが、結局は探し出せず、後にCIAの説明で納得するしかなかった現象だ。


 政府は、外出にはマスクの着用を促すだけでなく、情報の拡散にも最高、死刑を視野に入れた罰則を人民に告知する。それでも、危機感は人民に浸透しない。ここで、告知厳守の徹底を目的に刑執行の前例を作るのは容易だが、政府への不安が募る今、強硬手段は反政府の大義を設けるようなもので、表立って動けない状態だった。

 中酷の国家主席・周近併は、武漢封鎖を余儀なくされ、その後、人民の行動範囲の広さから区域封鎖は、各地に広がった。住民は移動手段を失った。商業施設、工場、会社も閉鎖。その被害は、中酷だけに留まらず貿易国に甚大な被害を齎した。採算を土返して中酷依存の物資調達を見直す企業も出てきた。中酷に対して、SARS、豚コレラ、今回の新型コロナウイルスなどが起こる確率は高く、好んで進出するに適しているとは思えないことを世界に知らしめる事態になった。


 周近併は、2020年1月20日の新型コロナウイルス肺炎に関する「重要指示」を出してから、2回程しか公けの場に姿を見せていなかった。

 周には、ウイルス拡散を封印したい自分本位の背景があった。これこそが、新型コロナウイルスを全世界に蔓延させた元凶だった。

 2020年1月17日~18日にミャンマーを公式訪問し、19日~21日は雲南省を周が視察することが決まっており、直前のキャンセルは、慣習的に困難だった。雲南行きも護衛や列車の保衛などがあり、ルートを変えるのは容易ではない。そんな時期にウイルス騒ぎが表沙汰になり、周のまわりは、困惑の色を隠せないでいた。

 武漢市の周先旺市長は「問題は解決しています。制御可能です」という忖度メッセージを自己保身を考え、周に上げた。周は、苦しむ人民の声でなく、自分都合のいい子飼いの犬の意見を飲み込む。1月17日、李克強国務院総理に北京の政治を全任し、既に危険領域に入っているミャンマーと雲南に出掛けることになる。雲南は息抜きと先人への崇拝、問題は、ミャンマーだった。ミャンマーは、中共貿易で成り立っている国にまで仕立て上げた。その国がスー・チーの出現もあり、民主化が急速に進んでいた。それは、周にとって思わしくない結果であり、次期選挙への手立てを打つ必要があったからだ。


 ムハメドは与えられた情報から、周近併の弱点をまとめてみた。「周近併の知られては拙いミス」として、整理してみた。

 ①忖度をする武漢市の周先旺市長を信じ、上海市公共衛生臨床センターにいる専門家たちの警告を無視し、ミャンマーに行った。

 ②ミャンマーの帰りに近くにある雲南省の新年訪問に呑気に3日間も費やしたことだ。1月19日から21日にかけての雲南省での「周近併のめでたい姿」を新華網、中国新聞網、中国チベット網には春節巡りを楽しむ動画と写真を残してしまった。


 お気楽トンボで視察などを愉しんでいる間、周近併の不在時に全任された李克強国務院総理は、孫春蘭国務院副総理、国家衛生健康委員会、国家疾病センターからの報告を得て、武漢の原因不明の肺炎の推移を観察していた。


●2019年12月8日:

 最初の患者(原因不明肺炎)が武漢で発生。

●2019年12月26日:

 上海市公共衛生臨床センター科研プロジェクトがプロジェクトの相手である武漢市 中心医院と武漢市疾病制御センターから発熱患者のサンプルを入手し、精密検査。

●2019年12月29日:

 湖北省中西結合医院呼吸科・重症医学科主任の張継先医師が武漢の海鮮市場で働く人たちが数多く同類の肺炎に罹っていることを湖北省および武漢の衛生健康委員会疾病コントロール処に報告。

●2019年12月30日午後5時:

 武漢市中心医院眼科医・李文亮がグループ内のチャットで「武漢の華南海鮮市場で    7人のSARS(に類似した)患者が出た」と発信。

●2019年12月30日午後8時:

 武漢の協和医院の腫瘍科の謝医師が、医師グループのチャットで「華南海鮮市場には行くな。あそこからSARSに似た病例が沢山出ている」と発信。李文亮同様、医者グループ内の発信だったが、それが外部に漏れ、中酷全土に急速な勢いで拡散した。

●2019年12月31日午後2時:

 ネットで拡散した噂を受け、原因不明の肺炎が発生し華南海鮮市場と関係していることが報告されており、27例の症例と重症7人開放退院例があるが、「人から人感染」はなく、医者への伝染もない。従って「予防可能で制御可能である」と武漢市衛生健康委員会が発表した。

●2019年12月31日:

 武漢市政府常務委員会会議が開催されたが、原因不明の肺炎に関しては一切触れられなかった。

●2020年1月1日:

 北京中央の国家衛生健康委員会は、馬暁偉主任を組長とする疫病対策領導小組(指導グループ)を立ち上げ、武漢の調査に入るべきと提言。

●2020年1月1日:

 同日、武漢警察の公式ウェイボー(微博)「平安武漢」が武漢の医者らが訴えた情報は偽情報で社会の秩序を乱すとして、8人を摘発したと報道した。

●2020年1月5日:

 上海市公共衛生臨床センター(および復旦大学関係者など)が武漢の原因不明の肺炎は、「歴史上見たことのない新型コロナウイルスが原因だ」と発表。

●2020年1月6日:

 武漢政府、問題は解決したとして武漢市の両会開催に入った。

●2020年1月10日:

 武漢市両会が閉幕。国家衛生健康委員会の専門家チームの一人で北京大学第一医院呼吸・重症学科主任の王広発医師が新華社の取材に対し、「疫病は制御できる」と回答した。これは武漢に視察に行った際、武漢政府が「人ー人」感染を示すカルテを隠して、無難なカルテだけを選んで提出した。

●2020年1月17日:

 湖北省両会が勝利の内に閉幕したと宣言したその日に、浙江省で新たに患者が5人発生。それを見た、SARSの時に警告を発した中酷最高権威の医学者・鐘南山院士(博士の上の称号)(84歳)が再び警告を発した。そこで国家衛生健康委員会は鐘南山院士をトップとする「最高レベル専門家チーム」を結成して、武漢入りさせることにした。

●2020年1月18日夜:

 広東省深圳市にいた鐘南山は飛行機のチケットが買えないので高速鉄道に乗って武漢に向かった。

●2020年1月19日:

 鐘南山院士をリーダーとする最高レベル専門家チームが武漢入り。鐘南山院士は武漢政府ではなく、医者仲間から病例発信が成された協和医院を視察。一瞬で「人ー人」感染を見抜き、その足で北京に向い国家衛生健康委員会に報告した。国家衛生健康委員会主任は、孫春蘭国務院副総理に報告。孫春蘭は李克強国務院総理に報告。これら関係者が鐘南山院士と共に「緊急事態」と判断して、雲南省で春節祝いをしている周近併に報告し、事態の深刻さを自覚させ、周近併国家主席の名において「重要指示」を出させるに至った。


 ムハメドは、報告書に記された内容から、忖度と隠蔽の常習化と事実関係の確認の脆弱さを思い知らされた。しかし、これは中酷に限った事ではない。何が一番重要なのかが欠如した責任者のいる組織は、本当にクソだと、嘆くしかなかった。それにしてもお粗末な上級国民さんたちだ。その中で、鐘南山院士や真実を危険を冒してでも声を上げる者がいた事に、僅かな救いを感じていた。


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