第5話 リベンジマッチ

 曙光都市エルジオン・ガンマ区画にて。アルドは再び、例の少年と対峙していた。事前に喧伝していたのか、ギャラリーの子供たちの数は初めて対戦した時よりも多い。

 デッキケースを片手で弄びながら、少年が言った。

「待ってたよ、兄ちゃん! このゲームにはもう慣れた?」

「ああ、すっかりな。今度は勝たせてもらうぞ」

「へえ……自信ありげだね。そう来なくっちゃ!」

 少年がデッキケースを放り投げ、それが空中で静止する。アルドにとっても、すっかり見慣れた光景だ。

「さあ、兄ちゃん。いつでもいいよ」

 アルドは頷いて、デッキケースに手をかける。

「今回も力を貸してくれよ」

「はい。必ず勝ちましょう、マスター・アルド」

 返事を聞き届けてから、アルドもデッキケースを前方に放った。

「行くぞ! ソウルバトラー、セット!」

「「スタート!」」

 示し合わせるまでもなく、二人の声がぴたりと重なる。ギャラリーの子供たちから大きな歓声が上がった。友人なのだろう、少年を応援する声が多いが、意外にもアルドを応援する者も少なくなかった。彼らは強者たる少年が、デビューしたばかりの初心者に敗れるという番狂わせを期待していた。

「マスター・アルド。こちらの先行です」

「……そうか」

 アルドが小さく頷く。先攻後攻はランダムで決まるので、こればかりは技術でどうにかなるものでもない。だからこそ気合が入る。これで初戦と条件が同じになったのだ。リベンジマッチとしては、申し分ないお膳立てだ。

 アルドは手札のカードをじっくり眺めながら、修行中にヒスメナに言われたことを思い出していた。

――このゲームは基本的に先攻が有利よ。場のカードを使って戦闘や効果の応酬をする性質上、相手の場にカードがない先行一ターン目は好きに行動できるわ。ここで場を整えられるかが、勝負の分かれ目の一つよ――

「分かってるよ、ヒスメナ」

 小さく頷き、手札の右端のカードに手をかける。

「ユニットサモン、合成人間!」

 カードが飛び出し、アルドの場に合成人間が呼び出される。レアリティが低いユニットカードの中では最もステータスが高い、初心者の強い味方と言えるカードだ。

「マスター・アルド。初手でこれを確保できたのは幸運デスね」

「ああ、希望が見えてきたな……!」

「ですが、マスター・アルド。安心し切ってはいけないよ。まだできることがあります故」

「ああ、分かってる」

 アルドは残った手札の中央、その二枚に手をかけた。初戦では機会がなかったが、このゲームではユニットカード以外に場に出すことができるカードがある。それがスペルカードだ。

「おさらいです、マスター・アルド。スペルカードには二種類の使い方があり、一つは手札から直接能力を使うこと。そしてもう一つが……」

「ああ。行くぞ、ブラックプレイ!」

 二枚のカードが、ユニットサモンの時と同じく場に向かって飛び出していく。違うのは、何の映像も映し出されないことだ。二枚のカードは、故障してしまったかのように真っ黒な状態で場に置かれた。

「こうしておくと条件を満たしたときに、相手のターンでも効果が使えるんだったよな」

「その通りです、マスター・アルド。修行の成果が出ているようですね」

「……すっかり慣れたって言うのははったりじゃないみたいだね。兄ちゃんが強くなって戻ってきてくれて嬉しいよ」

 少年が高揚した様子で言った。その表情を見れば、嫌味や皮肉でないことは明らかだった。少年は強くなったアルドと戦えることに、心から喜びを感じているのだ。

「マスター・アルド。相手にターンを渡しましょう。今回は無策じゃねえ、どっしり構えとこうぜ」

「ああ、できる限りのことをしよう。ターンエンドだ」

 宣言とともに、アルドは再びヒスメナの言葉を思い出す。

――さ先攻が有利だって話をしたけど、もちろん例外はあるわ。そのひとつが、このデッキをはじめとするワンショットキルデッキよ。このタイプのデッキは瞬間火力にすべてを賭けるから、相手の準備が整う前に決着を付けたいの。つまり、最初に攻撃できる後攻一ターン目が勝負になるわ。ワンショットキルデッキにとっては、このターンで相手を倒せるかどうかが……そして、ワンショットキルデッキを相手にする場合には後攻一ターン目をいかにやり過ごすかが、勝負の分かれ目よ――

 アルドは気を引き締め、少年の挙動に目を凝らした。できる限りの準備はした。あとは、カードを使うタイミングだ。これを見誤らなければ、勝機は決して薄くない。

「僕のターンだ……ドロー!」

 少年の声には力が入っていた。アルドをただの初心者ではなく、倒すべき対戦相手だと強く認識した証拠であった。だから、初戦とは違い、少年の試合運びは慎重であった。六枚の手札をじっくりと眺め、頭の中で緻密に戦略を構築していく。

 少年の長考は、実に一分近くにも及んだ。アルドの場に伏せられた二枚のカードを警戒してのことだ。それも、ただの漫然と警戒しているのではない。少年の頭の中にはすべてのカードのテキストが詰め込まれているので、メタカードとなり得るカードには見当がついていた。そのため、このカードが伏せられていた場合はどういう試合運びになる、というシミュレーションを頭の中で行うことができるのだ。

「……よし」

 少年が小さく呟いた。シミュレーションを繰り返したうえで、勝利を確信したからだ。問題ない。どんなカードが伏せてあっても、たった二枚では止まらない……!

「行くよ、兄ちゃん!」

「ああ、来い!」

 互いの気合がぶつかり合い、空気が震える。少年は心地よさを覚えながら、手札の右から二番目のカードに手をかけた。

「ユニットコール、アガートラム!」

 初戦でアルドを一蹴した巨躯が、再び場に出現した。それはすなわち、少年のワンショットキルが完成に一歩近づいたということである。

 だが、今回のアルドは無抵抗ではない。右腕を大きく振り上げて宣言する。

「今だ! スペルプレイ、ロックチェーン!」

「……! そのカードか!」

 少年が唸る。それは基本にして効果の高いメタカードの名だった。

 アルドの場に伏せられたカードの内一枚が、闇のような昏い光を放つ。すると、少年の場に呼び出されたアガートラムの全身に、漆黒の鎖が絡みついた。

 アルドのデッキケースが無機質に、けれどどこか高揚したような様子で説明する。

「ロックチェーンは、プレイされたユニットの攻撃を一ターンの間だけ封じるカードだぜ! これでワンショットキルを封じることができるって訳だな!」

「そうだな……何もなければ、だけど」

 アルドは警戒心を緩めてはいなかった。少年の表情に余裕があったからだ。

「いいね、この攻防がソウルバトラーの醍醐味だよ。それじゃあこっちも……スペルプレイ、リフレッシュシャワー!」

「……!」

 アルドが息を呑む。ヒスメナから教わった、要警戒カードの内一枚だ。アガートラムを拘束していた鎖が、粉々に砕け散って霧散する。少年がしたり顔で口を開く。

「リフレッシュシャワーは、ユニット一体が相手から受けてるすべての効果を無力化するカードだよ。残念だったね、兄ちゃん。このくらいは対策してるよ」

「くっ……!」

 アルドが歯噛みする。さすがに一筋縄ではいかない。

 スペルの応酬、ひいてはそれによる立体映像の目まぐるしい変化に、ギャラリーは沸き立っていた。同時に、期待値も上がっていく。もっと派手な戦いを見せてくれ、と。

 少年はそれに応えるように、手札の左端のカードに触れた。

「さあ、攻めるよ! スペルプレイ、藁人形!」

「来たか……!」

 それは、初戦と同じ展開。スペルの効果によって、少年の場に二体の藁人形が出現した。今ならこれが、ワンショットキルのための重要な布石であることがよく分かった。

「……たしか、アガートラムの能力を発動するためには、自分の場のユニット二体を犠牲にしないといけないんだよな。でも、ユニットプレイは一ターンに一回。だからああやって、スペルの効果でユニットを用意してるんだよな」

「その通りです、マスター・アルド。そして今の我々には」

「……ああ。そこまでの展開を邪魔する手段はない……!」

 これから何が起こるか分かっているのに抵抗できないというのは、なんとももどかしいことだ。けれど、目を背けてはならない。勝利を諦めるには、まだ早いからだ。

「そろそろ決着かな。アガートラムのエフェクトプレイ! 藁人形二体を犠牲に、パワー上昇! さらにスペルプレイ、違法改造! パワーがさらに上昇、加えて兄ちゃんの合成人間の防御を封じる!」

 以前と同じ展開で、全身が赤く輝くアガートラムが完成した。それはつまり、ワンショットキルの成就まであと一歩ということだ。

「終わりだよ、兄ちゃん! アガートラムで攻撃!」

 少年が右手を勢い良く振り上げ、高らかに宣言する。この攻撃を受ければアルドの敗北だ。だが、以前と同じようにはいかない、させない。そのために修行してきたのだ。

「いいや、まだだ! スペルプレイ、サンドウォール!」

「それは……! 珍しいカードだね……!」

 少年が思わず呟く。カード全体で見ればそれより強力なカードが何枚もあるのだが、アルドはレアリティの低いこのカードで代用していた。それ故、少年の予想をわずかながら外したのだ。

 アルドの目の前に、砂を固めて作った分厚い薄茶色の壁が出現する。アガートラムの大木のような右腕が、その壁に突き刺さった。細かな砂粒が周囲に飛び散るが、壁自体は健在だ。アルドが宣言する。

「サンドウォールは、相手ユニットの攻撃を一回だけ無効にするスペルだ。これで攻撃を止める!」

「しっかり対策してきたみたいだね……でも、それを攻略すれば終わりでしょ!」

 少年は勝利を確信した笑みを浮かべ、手札のカードに手を触れた。

「スペルプレイ、リベンジアタック! 僕のユニットの攻撃で相手がダメージを受けなかったとき、もう一回攻撃する!」

「なっ……!」

 アガートラムが砂の壁から腕を引く抜き、もう一度攻撃を仕掛けた。砂の壁は今度こそ粉々に砕け散り、アルドを守るものはなくなった。

「僕の勝ちだよ、兄ちゃん!」

「……いいや、まだだ。スペルプレイ!」

「えっ……!?」

 少年は目を見開いた。ありえないことだったからだ。ソウルバトラーのルールとして、相手のターンに手札のスペルをプレイすることは不可能なはずだからだ。

「あ……まさか」

 そこまで考えて、少年は思い至った。そのルールを超越したカードが、確かにある。そのカードが使われることが少ないために、すっかり忘れていたが……。

 粉々になった砂の壁の中から、一枚のカードが出現した。そう、これがこのゲームにおける例外の一つ、サンドウォールの二つ目の能力だ。それはすなわち、サンドウォールを使用したプレイヤーはそのターン、手札のスペル一枚を使うことができる。さらにその際、そのスペルの『相手ターンには使用できない』という制約を無視することができる。

 アルドはそのカードの名を、堂々と宣言した。

「ロックゾーン!」

 アガートラムの足元に、紫色の魔法陣が出現した。それが鈍く輝き、アガートラムの動きを止める。

 少年はしばらく呆然とその様子を眺めていたが、やがて観念したように口を開いた。

「ロックゾーン……相手ユニットの攻撃や防御を、次のターンが終わるまで封じるスペル……本来なら自分のターンにしか使えないから、ワンショットキルの対策としては弱い部類だと思ってたのにな……」

 ギャラリーから、割れんばかりの喝さいが起こった。誰もが初めて見るコンボに、胸を躍らせていた。

「ターンエンドだよ、兄ちゃん。そしてこの瞬間、違法改造のデメリットで僕はダメージ受ける」

 少年の体が小さく振動した。これで少年の残り体力は、合成人間一体で削り切れるところまで減った。これが、このワンショットキルの弱点の一つだった。失敗は、敗北に直結する。

「俺のターンだ、ドロー!」

 アルドは手札を増やしたが、確認する必要はない。

「これで終わりだ、合成人間で攻撃!」

 合成人間がゆっくりと歩いて間合いを詰め、少年の目の前で足を止める。そして、斧を持った右手を大きく振りかぶった。

「……負けたよ、兄ちゃん。いいバトルだったね」

 少年が言い終わると同時、勢いよく斧が振り下ろされた。少年が片膝を着く。リベンジが果たされた瞬間だった。

 ギャラリーからひときわ大きな歓声が上がる中、アルドは少年に歩み寄って手を差し伸べた。

「大丈夫か?」

「……うん、ありがとう」

 少年はアルドの手を取って立ち上がる。負けて悔しいはずだが、その表情は晴れやかだった。

「兄ちゃん、強いね。あんなコンボがあるなんて気付かなかったよ」

「たまたまだよ、色んな人に助けてもらったから勝てたんだ」

「そっか……僕もまだまだだなあ」

 少年は天を仰ぐ。しばらく無言だったが、やがてアルドに視線を戻して言った。

「ねえ、兄ちゃん。今度この近くでソウルバトラーの大会があるんだけどさ。一緒に出ない?」

「大会か、面白そうだな。ぜひ出させてもらうよ」

 アルドの言葉に、少年は満面の笑みで頷いた。

「今度は負けないからね!」

「ああ、望むところだ!」

 再戦の約束とともに、二人は固い握手を交わした。バトラーアルドの道は、これからも続いていく。

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ソウルバトラー 天星とんぼ @shyneet

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