第4話 最後の修行
違法カードの一件から数時間後。アルドは再びIDEA作戦室を訪れていた。今度は自信と期待に満ちた表情をしている。それを見て、イスカとヒスメナは彼の用件を覚った。その上で、イスカが口を開く。
「クロードとサキから聞いたよ。ありがとう、アルド。また君の力を借りてしまったね」
「気にしないでくれ、頼まれてやったわけでもないしさ」
「だからこそ、我々は君に大いに感謝しているんだよ」
アルドははにかんだ。
「いいんだよ。俺だってイスカたちには普段から助けてもらってるからな。今だってそうさ」
「揃えてきたようね、アルド」
「ああ。最後の一枚がなかなか出なくて苦労したけどな……これでいいんだよな?」
アルドは所持カードの一覧をヒスメナに見せた。ヒスメナは慣れた手つきで画面を操作しながら内容を確認し、頷いた。
「ええ、十分よ。これだけ揃っていれば、十分な対策が用意できるわね」
「そうか、よかった。これで勝てるかな」
「そうね……デッキを改良して、何度か回して慣れて、それでようやく五分ってところかしら」
「なるほど……厳しいんだな」
「相手はそれだけ強力なデッキということよ。さて……」
イスカはアルドのデッキを手早く組み替えて、返却した。それから、自身のデッキを取り出す。
「あとはあなたの技量次第よ、アルド。私が稽古をつけてあげるから、存分に試していくといいわ」
「え、いいのか? でも、そこまでやってもらうわけには……IDEAの仕事もあるんじゃないのか?」
アルドが辞退を申し出ると、イスカが首を横に振った。
「心配はいらないよ。違法カード事件の事後処理はほとんど終わっているし、ほかに火急の仕事もない。気が済むまで相手をしてもらうといいさ」
「……そうか。それなら、遠慮なく」
「それでいいのよ、アルド。ちなみに、私が使うのはもちろん『アガートラムワンショット』よ」
「ヒスメナも使えるのか?」
「普段使ってるデッキとは全く違うタイプだけど……問題ないわ。少なくとも、あなたの練習相手にはなれるはずよ」
「……そこまでしてもらっちゃ、無駄にはできないな」
アルドは気を引き締めて、デッキケースを前方に放る。ヒスメナも同じようにした。
「行くぞ、ヒスメナ! ソウルバトラー、セット!」
「「スタート!」」」
両者が力強く宣言する。これが、最後の修行の幕開けだった。
メタカードとは言うが、それをデッキに入れるだけで勝てるようになるわけではない。アルドが勝利を得るためには、越えなければならないハードルが三つあった。
一つ目は、自分のデッキに慣れること。メタカードというのは特定の局面で強力な反面、そのデッキが本来目指す動き――いわゆるデッキコンセプトと呼ばれるものだ――と関係ないものであることが多い。それを複数枚投入するということは、デッキを上手く回すのが難しくなるということだ。メタカードを手札に温存しつつ、デッキコンセプトに準じたプレイングを実行する……そこには高い技術と、自分のデッキへの深い理解が求められる。
二つ目は、相手のデッキをよく理解するということ。たとえ手札にメタカードを握っていても、それをいつ、どのように使うかはプレイヤー次第だ。つまり、メタカードを効果的に使用し勝利を手繰り寄せるには、相手のデッキの動きや構築、投入されているカードの能力などをしっかり覚え理解していなくてはならない。
三つめは、運だ。二つの条件をクリアしたとしても、肝心な場面でメタカードが手札になければどうすることもできない。あるいは、せっかく相手の動きを妨害して生き延びたとしても、返しの自分のターンで満足に動くことができなければ、結局負けることになってしまう。もっとも、この点に関しては鍛えてどうにかなるものではないので、アルドは深く気にしないようにしていた。
ヒスメナとのマンツーマンでの修業は、休みなしで一時間以上続いた。心なしか、デッキケースが送ってくる応援にすら疲れが見え始めている。
「……マスター・アルド。ファイト」
「くっ、雑だな……!」
「気にしている場合じゃないわよ、アルド……! 今度の攻撃も止められるかしら。アガートラムで攻撃!」
深紅に輝くアガートラムが攻撃を仕掛けてくる。それに合わせて、アルドは手札のカードに手をかけた。
「止められるさ! 俺はこのカードを使う!」
アガートラムの攻撃が、アルドの目の前で停止した。宣言通り、ワンショットキルを妨害したのだ。
ヒスメナは小さく息をついて、微笑んだ。
「ここまでにしましょう、アルド」
「え?」
「これで直近十戦の勝率が五割を超えたわ。試行回数が少ないのは不安材料ではあるけれど、今はこれで良しとしましょう」
「……じゃあ」
アルドは疲れの中に、喜びの表情を見せた。ヒスメナが頷く。
「修業は終わりよ。今のあなたなら、十分戦えるはずだわ」
「そうか……! ありがとうヒスメナ、行ってくるよ!」
意気揚々と、アルドはIDEA作戦室を後にした。その背を見送ってから、イスカが口を開いた。
「言わなくてよかったのかい? 『アガートラムワンショット』は現環境最強クラスのデッキで、徹底的に対策しても勝率は三割に届かない理不尽なデッキだって」
「……今の彼は、このゲームをとても楽しんでいるわ。意地や苛立ちではなく、勝ちたいという純粋な気持ちでリベンジマッチに臨もうとしている。そんな彼の、意気を挫くようなことはしたくなかったの」
「そうか、そうだね……しかし、いくらヒスメナが使い慣れていなかったとはいえ勝率五割を超すとは、運が味方しているのかもしれないね」
「……そうね、それもあるとは思うけど」
「おや、ほかに何か要因が?」
「最後の対戦で、ワンショットキルを妨害したあのコンボ……あれは、私がアルドに集めるカードを指示した時には想定してなかったコンボなの」
「ほう……!」
イスカは目を見開いた。偶然とはいえ、ヒスメナの予想を超える動きをアルドがしたということは、驚きに値する。
「未発見のコンボだったということかい? すごいじゃないか。今の時代、新たなコンボが発見されれば瞬く間に拡散されるからね。それを考えれば、彼はすごいことをしてしまったようだね」
「集めやすいようにと思って、使用率もレアリティも低いカードも採用したからこそ起きた偶然と言えるわね」
言って、ヒスメナは首を横に振った。
「いいえ、違うわね。彼の熱意が、新たな力を引き寄せたんだわ、きっと」
「ああ、そうなのだろうね。健闘を祈るばかりだよ」
イスカの言葉に、ヒスメナは頷いた。束の間とはいえ、そしてゲームとはいえ、師弟関係を築いたのだ。勝利の報告を、期待せずにはいられなかった。
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