第3話 違法カード

 アルドはIDAスクールを巡り、人々と対戦を重ねた。当初は探り探りだったルールや戦略も、だんだんと体で覚えてきたので、次第に流れに乗ってきていた。

「行け、三体のサーチビットで攻撃!」

 アルドの声に反応し、灰色のサーチビットたちが一斉に男子生徒へ発砲した。男子生徒の場は空、攻撃を防ぐ手段はなかった。

「うわあああぁっ!」

 男子生徒は叫び、その場に片膝を着く。アルドの勝利だった。

「おめでとう、マスター・アルド。これで通算十五勝目だな」

「ああ、ありがとう。このゲームにも、ようやく慣れてきた気がするよ」

 言いながら、アルドはデッキケース裏のボタンを押し、新たに手持ちに加わったカードを確認する。ヒスメナから指示されたメタカードを集め終わるまで、あと数枚だった。

「もうすぐだな……このデッキの改良が終わったら、すぐにリベンジだ。気合入れていこう」

「その意気だぜ、マスター・アルド。ちなみに現在この階では、ほかに三組の対戦が行われているようです」

「へえ、すごいな。そんなことまで分かるのか。それじゃあ、次の対戦相手を探しに……ん?」

 アルドは違和感に気付いた。対戦相手の男子生徒が、浮かない顔をしているのだ。敗北に打ちひしがれている、とった感じではない。ただ困ったように、額に皺を寄せている。アルドは彼のもとに歩み寄った。

「どうかしたのか?」

「ああ、なんだか変なんだよ。俺のデッキ」

「変?」

「そうなんだ。対戦してるとき、カードに触るだろ? その時に、手触りが他と違うのが何枚かあってさ……」

 男子生徒はデッキケースを開け、中からカードを取り出して確認する。選り分けられたカードは二枚。合成人間のカードと、サーチビットのカードだ。

「ほら、触ってみてよ」

 差し出されたカードを受け取ると、アルドはすぐに気付いた。

「確かに……でこぼこしてるというか、ほかのに比べて手触りが悪いな」

「だよな。おかしいなあ、昨日まではこんなことなかったんだけど」

 アルドはデッキケースに訊ねる。

「なあ、カードの質感って使ってるうちに変わっていったりするのか?」

「そりゃ、乱暴に扱えば欠けたり曲がったりってこともあるさ、マスター・アルド。ただ、普通に使っていれば劣化することはほとんどありません。まして、四十枚中二枚だけ、ということなど」

「なるほど……別に、乱暴したりはしてないよな?」

 男子生徒は頷いた。アルドは言う。

「ちょっと俺なりに調べてみよう。何か分かったら報告するよ」

「ありがとう。昨日したばっかりだけど、もう一回メンテしとくかな……」

 男子生徒は考え込みながら立ち去った。デッキケースが言う。

「マスター・アルド。放っておいてもよいのでは? 私たちのデッキは異常ありませんし」

「見て見ぬふりはできないよ。それに、なんだか気になるしな」

「気になる?」

「胸騒ぎ、っていうのかな……放っておいたら行けない気がしてさ。まあ、対戦しながら並行して調べてみることにするよ」

 そう言ってアルドは、次の対戦相手を探した。エルジオンで一番熱いというのはあながち誇張でもないようで、IDAスクール内だけでも対戦相手には困らなかった。

 対戦を重ねる傍ら、アルドは戦った相手やギャラリーにカードの様子がおかしくないか聞いて回った。すると、いくつか分かったことがあった。まず、カードに異常が発生している人とそうでない人がいるということ。次に、異常が発生しているカードの枚数には人によって差があること。そして、異常が発生しているのは、合成人間のカードとサーチビットのカードであるということだ。

 アルドは廊下の壁に背を預け、デッキケースに声をかけた。

「なあ、どう思う?」

「作為的なものであるように思われます、マスター・アルド」

「だよな。でも、誰が何の目的でこんなことしてるんだ? 盗むとか壊すとかならまだしも、一部のカードを入れ替えてるだけなんて」

「しかも、それらのカードは対戦で問題なく使用でき、今のところ害はない。何らかの意図があるにしても、すり替えはプレイヤー全員に行われているわけではないので、犯行のずさんさも目立ちますね」

「そうだな……放っておいてもいいかもしれないけど、とりあえずイスカたちには報告しとくか……」

 歩き出したアルドの鼻に、異臭が届いた。それは少しは馴染みのある、けれどこんなところに漂っていてはいけない匂いだった。すなわち、鼻を刺すような硝煙の匂い。

「何かあったのか……!?」

 アルドは血相を変えて走り出す。その最中、対戦中の二組とすれ違ったが、彼らには異常はなかった。三組目、この階でソウルバトラーをプレイしている最後の二人のもとにたどり着いたとき、アルドはすぐに異常に気付いた。少年の場に出ているサーチビットと合成人間の気配が、明らかに本物だったのだ。尻もちをついた少女のすぐ近くの床にはいくつもの弾痕が穿たれ、細い煙が上がっている。

「なっ……どういうことだ!?」

「妙でございますな、マスター・アルド。本物を呼び出す機能など、ソウルバトラーには搭載されていません」

「その通りだ、本来ならな」

 答えたのは、少年の場にいる合成人間。彼は斧を何度か回したのち、その先端をアルドに突き付けて言った。

「俺たちが紛れ込ませたのさ、違法カードをな」

「違法カード……!?」

「気付いてたんじゃないか? 妙なカードの存在に。あのカードは転送装置の役割を持っているのさ。俺たちはそれを使ってここに侵入したって訳だ」

「そういうことだったのか……待て。お前今、俺たちって言ったのか?」

「そう、俺たちだ! 今頃……」

 合成人間が言い終わるより早く、上の階で大きな揺れが発生した。それも複数。アルドはすぐに原因に気付いた。

「まさか、ほかの階にも……!?」

「そうさ、いい不意打ちだろう? ろくな対応ができない内に、ゆっくり制圧させてもらうとしよう」

 合成人間が片手を挙げると、呼応してサーチビットたちが動き出した。アルドは腰の剣、その柄に手をかけたが、動くに動けなかった。数えきれないだけのサーチビットと合成人間がこの階に犇めいている。練度は低いようなので数体なら被害を出さずに処理できるだろうが、この数では……。

「……」

 考えろ、考えろ。誰も傷つけずこの場を切り抜ける方法を。アルドは剣の柄に手をやったまま、小さく深呼吸をした。そして、口を開く。

「……こんなに回りくどいことをして、一体何が目的なんだ」

 それは、相手に喋らせて時間を稼ごうという苦し紛れの一手だった。無視されればどうしようもない。しかし、合成人間は乗ってきた。嘲笑うように声を震わせながら答える。

「ふん、知れたこと。我々の力と恐ろしさを人間どもに味わわせてやるためさ。人間どもは生意気にも、合成人間との対立は完全に終結したと思ってるようだからな」

「だからって、学校を狙うのか……!」

「だからこそだ。俺たちにも、人間の心とやらが全く分からんわけじゃない……ガキが多く死ねば、堪えるだろう?」

「貴様……!」

 怒りから、柄を握る手に力が籠る。こうなったら、一か八かやるしかない。優先すべきはサーチビットだ、あれの攻撃は飛距離がある。放っておけば被害が拡大しかねない。まずは目の前、無防備に密集している四体のサーチビットを一網打尽にする。

 だが、一手遅かった。アルドが剣を抜く直前、サーチビットたちが四方向に散った。

「あっ……!?」

「人間ごときが考えることなどお見通しだ。やれ!」

 合成人間の指示で、サーチビットの銃口が周囲の生徒たちに向けられた。が、次の瞬間。飛来した無数の矢がサーチビットをたちを正確に射抜いた。アルドの目の前にいた機体だけではない。この階にいたすべてのサーチビットはたちどころに機能を停止し、床に落下した。合成人間たちは、氷の鎖に縛られて身動きを封じられている。

「な、なに……っ!? どうなっている!?」

「随分と稚拙な作戦だ。そんなことでは我々は出し抜けんよ」

「け、結構危なかったと思いますけど……」

 廊下の向こうから響く尊大な男の声と、か細い少女の声。アルドの顔に安堵の色が広がった。

「クロード! サキも!」

「お手柄だ、アルド。よく抑えていてくれた」

「助かりました、アルドさん。おかげで間に合いました」

 クロードは真っ白い弓を携えて、長い髪をなびかせながらゆっくりと歩いてくる。その佇まいには余裕があった。それが余計に、合成人間の焦りを掻き立てた。

「ちっ、余計なことを……だが、そんな態度でいいのか? 襲撃したのはこの階だけでは……」

「ご忠告痛み入る。だが、心配は不要だ。ほかの階はとうに鎮圧している。人的被害もない」

「何だと……!?」

 驚きの声とほとんど同時、氷の鎖に縛られていたほかの合成人間たちが機能を停止した。締め上げる力に耐えきれなかったのだ。

「さて、残るはお前だけということだ。生徒たちの娯楽を邪魔したことと、スクールを襲撃したことの責任は取ってもらうぞ」

 クロードが足を止め、弓を構える。その堂々とした立ち姿に、合成人間は気圧されて一歩後ずさった。

「クロード、手を貸すぞ!」

 形勢は逆転した。アルドは剣を抜き放ち、合成人間と対峙する。

「ちっ、作戦失敗か……だが、貴様らだけでも……!」

 合成人間が、苦し紛れに斧を持った右腕を振りかぶる。大きい、隙だらけの攻撃だ。襲るるには足らない。アルドは動じることなく、前方に跳躍して懐に飛び込んだ。それと同時、クロードが放った一本の矢が、合成人間の右手を打ち抜いた。

「がっ……!?」

 驚きの呻き声とともに、合成人間の動きが止まる。一瞬の硬直だったが、その隙をアルドは見逃さなかった。

「はあっ!」

 裂帛の気合とともに、剣を横一文字に鋭く振り抜く。合成人間は断末魔の悲鳴を上げることすらなく、動かなくなった。アルドとクロードはそれでもしばらく警戒していたが、完全に機能停止したことを確認すると、二人は武器を収めた。

「助かったよ、クロード。俺だけじゃどうにもならなかった」

「礼を言うのはこちらの方だ。また世話になってしまったな……」

 答えたクロードは、さっきまでとは打って変わって落ち着きがない様子だった。

「クロード? どうかしたのか?」

「いや……」

「大丈夫ですよ、クロードさん。後処理は私たちでやっておきますから」

 サキが優しく声をかけると、クロードは考え込んだ。

「む、しかし……」

「いいんですよ。せっかくの機会じゃないですか」

「……そうか、そこまで言ってくれるなら甘えさせてもらおう。アルド」

「ん、なんだ?」

「ソウルバトラーをやってるそうだな。私とも一戦どうだ?」

 クロードがデッキケースを取り出す。

「それでそわそわしてたのか……クロードは強いのか?」

「ふ、難しい質問をするな。堂々と頷きたいところだが……まだ修行中の身だ。イスカやヒスメナには遠く及ばんよ」

(IDEAのメンバーって、結構凝り性だよな……)

 感心したような困惑したような表情を浮かべるアルド。なんにせよ、仕事漬けにならずに済むのはいいことである。

「よし、望むところだ。相手になるぞ、クロード!」

「そう来なくてはな」

 二人が準備を始めると、すぐに人だかりができた。IDEAメンバー、特に主要メンバーの一人出るクロードのバトルともなれば、皆興味があるようだった。

「では始めようか。ソウルバトラー、セット」

「「スタート!」」

 高らかに響く、開始の合図。アルドの修行の旅は、まだまだこれからだ。

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