第2話 ヒスメナ先生
ソウルバトラーで強くなるには、まずは知識を得なければならない。そう思ったアルドが向かったのは、IDAスクール。餅は餅屋だ、未来の知識や技術は、未来の人間に聞くのが一番いい。中でも、アルドが頼ったのは。
「いの一番に私って……アルドの私に対するイメージが分かった気がするわ」
IDEA作戦室にて、ヒスメナは複雑な表情を見せた。頼りにされて嬉しいような、そうでもないような。
傍らでその様子を見ていたイスカが微笑む。
「アルドは正しい判断をしたと思うよ。彼の知己、かつゲームに精通しているのは……」
「精通なんか……してなくは、ないけど」
「少なくとも、IDEAの中で一番強いのはヒスメナだろう?」
「やっぱりそうか……って、イスカたちもやってるのか?」
アルドは意外に思った。以前IDEAのメンバーとゲームをしたことはあるが、あの時は事情があった。それは、つまり。
「また何か事件があったのか、イスカ?」
「そう思うのも無理はないけど……安心してくれ、アルド。今回は何の事情もない、ただ趣味として嗜んでいるだけさ」
アルドは安堵のため息をついた。
「そうか、それならよかった。じゃあ、安心して教えてもらえるな」
「ああ、そうするといい。彼女は教えるのも上手だからね。だろう、ヒスメナ先生?」
「や、やめてよイスカ……!」
冗談だと分かっていても、イスカに先生呼びをされると大きな重圧を感じてしまう。ヒスメナはそれを振り払うように首を横に振り、アルドに向き直った。
「確認なのだけれど……アルド、あなたは強くなりたいの? それとも、その少年に勝てればそれでいい?」
「……? 同じじゃないのか? 強くなってあの子に勝つのが目標なんだけど」
「もちろん、強くなればその子にも勝てるようになると思うわ。でも、カードゲームで一から強くなるって時間がかかるのよ。例えば知識で言うと、ほとんどすべてのカードのステータスや能力を覚える必要があるけど……ソウルバトラーには今のところ、五百近い種類のカードがあるわ」
「ご、五百……!?」
驚くアルドに、イスカが言った。
「この時代に生きる私たちでさえ、一朝一夕というわけにはいかないハードルだ。アルドにとっては、もっと困難だろうね」
「馴染みがないからな……それに、覚えただけで勝てるって訳でもないよな」
「ええ、その通りよ。全てのカードを把握したうえで、シナジー……カード同士の相性や、カードそのもののスペックを考えてデッキを組み、実戦経験を積む。ソウルバトラー、というかカードゲームで強くなるとはこういうことよ」
「確かに大変そうだ……」
アルドは唸った。想像するだけで骨が折れそうだ。
ヒスメナが頷く。
「そう、大変なのよ。それに、そこまでやってようやく……これは想像でしかないけど、恐らくその少年と同じ土俵に立てるというだけよ」
「あいつ、そんなにすごいのか」
「子供の記憶力はすごいからね、好きなことに関しては特にすごい。今この瞬間にも、新たな知識や技術を取り入れていることだろうね」
「ゲームなら大人も子供もない……むしろ、子供の方がすごいんだな」
「そうね。しかも相当ピーキーなデッキを使いこなしているようだし、難敵よ」
「……それで、もう一つの方法があるのか?」
「ええ。付け焼刃の知識と技術で勝つ、効果的な方法があるわ」
アルドは身を乗り出した。
「教えてくれ、ヒスメナ! どんな方法なんだ!?」
「方法自体は単純よ。相手のデッキが分かっているのだから、対策すればいいの」
「対策……?」
アルドはいまいち得心がいっていないようだった。カードゲームというものに馴染みがないのだから当然である。そのことは、ヒスメナもよく理解していた。だから嫌な顔一つせず、話を続ける。
「聞いた話から判断すると、彼が使っていたのは恐らく『アガートラムワンショット』。さっきも言った通り、相当ピーキーなデッキよ。一部では人気があるけど、広く使われているものではないわ」
「ワンショット……? それもカードの名前なのか? そんなのは使ってなかったと思うけど」
アルドの疑問には、イスカが答えた。持ち前の聡明さに加えてヒスメナの仕込みもあって、彼女の知識量は熟練者のそれに近かった。
「ワンショット、あるいはワンショットキルというのは専門用語……というより、界隈で使われている俗語さ。たった一ターンで相手を倒すこと、もしくはそれを目的としたデッキに使われる言葉だね」
「なるほど……確かに俺も、あいつの最初のターンで負けたもんな……」
思い出すだけで悔しくなる。負けたというだけならまだしも、あの時のアルドは一切の抵抗を封じられていた。
「俺が何もできずに負けたのは、たまたまとか運が悪かったとかじゃなくて……あれがあのデッキの戦術だったてことだな」
「そういうこと。決まれば強力、かつ一瞬で決着を付けられる爆発力が魅力のデッキだけど……逆に言えば、その瞬間火力を防げれば希望が見えてくるということよ。」
「それで『対策』か……具体的には?」
ヒスメナは少し考えこむ仕草を見せた。それは策を考えているというよりは、複数ある策の内どれをアルドに授けるか迷っているという風だった。しばらくして、口を開く。
「アルド、これからあなたがするべきことは二つよ。ひとつは、そのデッキを使って経験を積むこと。さっき見せてもらったけど……幸い、初心者かその一段階上くらいの相手となら戦える程度には整ったデッキだったわ」
「そうなのか……あいつ初心者に優しい、いい奴だったんだな」
「そうね。だから対策は、そのデッキをベースに複数のメタカードを投入する方向で行くのをお勧めするわ」
「……メタカード?」
「特定のカードやデッキに対して大きな効果を発揮するカードのことよ。言うなれば『対策カード』ってところかしら」
「なるほど……そういえば、カードってどうやって手に入れるんだ? 買わなきゃいけないなら、俺そんなにお金が……」
ヒスメナは微笑んだ。多額の投資をしてでも勝利を求める、アルドがそんな思考を持っていないことに安堵したようでもあった。
「もちろん買うこともできるけど、ほかのバトラーと対戦することでも入手できるわ。アルドはすでに一回対戦してるから、所持カードが何枚か増えてるはずよ」
「増えてる……?」
アルドはデッキケースを開けて中身を確認する。だが、収納されているカードは最初と変わらず四十枚だ。そもそも、ケースのサイズから考えて四十一枚以上は入りそうもない。
アルドの疑問を察知したイスカが、助け船を出した。
「デッキケースの裏を見てごらん、アルド。真ん中にボタンがあるだろう?」
「ボタン……? ああ、これか」
それは小さな円形の、黒に近い紺色のボタン。アルドは躊躇いなくそれを押した。すると、デッキケースが淡い緑色に発光し、空中に長方形の画面が表示された。
「これは……?」
「それが君が所持しているすべてのカードさ。その画面を操作することでデッキを構築し、その構築がケースの中の四十枚に反映されるというわけだよ」
「…………」
アルドは腕を組んで考え込み、イスカの解説を飲み込もうと努めた。未来の技術と理屈は、彼にとってはいまだに未知の部分が多い。
「……つまり、デッキケースの中の四十枚のカードは、この画面を操作するたびに書き換わるってことか。で、誰かと対戦したら、デッキに使えるカードが増えていくと」
アルドの言葉に、ヒスメナが頷く。
「画期的な技術よ。実物のカードを扱うカードゲームなのに場所を取らないし、常に持ち歩ける。他人とトレードできないのがネックではあるけどね」
「つまり、カードを増やして強くなるには、たくさん対戦しなくちゃいけないってことだな」
「そういうことになるわね。そしてそれが、あなたがやるべきことの二つ目よ」
言いながら、ヒスメナはメモを取り出していくつか走り書きをした。それをアルドに差し出す。
「必要と思われるカードと、枚数を書いておいたわ。レアリティが高いものはほとんどないし、集めるにはそう時間はかからないはずよ」
「そうか、ありがとう! それじゃあ修行も兼ねて、早速行ってくるよ」
「応援してるわ。細かいルールは、対戦しながらデッキケースに教えてもらうといいわよ」
アルドは頷いて、IDEA作戦室を後にした。その背中を見送って、イスカが口を開く。
「いい指導っぷりだったよ、ヒスメナ先生」
「もう、よしてったら……」
「ところでどうだい、先生。私と一戦」
「いいけど……イスカは飲み込みが早いし、そろそろ勝ち越されちゃうわね。先生の座も返上だわ」
ヒスメナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。初心者に教授する立場にある彼女たちもまた、修行中のバトラーなのだ。作戦室に、対戦開始を告げる二人の声が響き渡った。
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