ソウルバトラー
天星とんぼ
第1話 バトラー見習いアルド
曙光都市エルジオン・ガンマ区画にて。散歩していたアルドは、子供の悲鳴を聞いて現場に駆け付けた。そこにはすでに人だかりができていたが、なぜか子供ばかりである。しかも、事件だと思ったら、子供たちはみな楽しそうに笑っている。彼らは人だかりの中心、向かい合う二人の少年に注目していた。アルドもそちらに視線を向けると、悲鳴の主がすぐに分かった。一人の少年が、地面に片膝を着き肩で息をしている。
「……なあ、何があったんだ?」
すぐ近くの少年に訊ねると、彼は怪訝そうな表情で答えた。
「何って、ソウルバトラーだよ。兄ちゃん知らないの?」
「そうる、ばとらあ?」
アルドが首をかしげると、少年は目を剥いて驚いた。
「え、本当に知らないの!? エルジオンで大ブームのローカルアンドデジタルカードゲームを!?」
「ロー……なんだって?」
「本当に知らないんだ……分かった、教えてあげるよ。まずローカルの部分は……」
少年の講義は、突如巻き起こった割れんばかりの歓声にかき消されて中断した。少年は慌てて、隣の少女に声をかける。何度か言葉を交わしてから、少年は明らかに落胆した様子を見せた。
「ちぇ、いいとこ見逃しちゃったよ。兄ちゃんのせいだぞ」
「わ、悪かったよ……今見てたのが、そのなんとかバトラーってやつなのか?」
「ソウルバトラー、今エルジオンで一番熱いカードゲームさ」
「カードゲーム?」
「そ、カードゲーム」
少年は頷くと、ズボンのポケットから手のひらサイズの四角いケースを取り出した。ふたを開けると、中にはカードの束が入っている。
「これが四十枚のカードを組み合わせて作るデッキ。これを使って戦うんだよ」
「へえ。ゲームっていうけど、ロード・オブ・マナとは違うのか?」
「うーん、違うとこもあるし似てるとこもあるけど……兄ちゃん、ゲーム自体は分かるんだね。ソウルバトラー知らないくらいだから、ゲームに全く興味がないのかと思ったよ」
「一応経験者だからな。疎いのは否定しないけど」
「それなら、意外とすんなり入れちゃうかも」
少年はポケットからもう一つデッキケースを取り出し、アルドに差し出した。
「百聞は一見に如かずってね。僕のサブデッキ貸してあげるから、一戦やってみようよ」
「え、いいのか? でも、ルールとか……」
アルドが不安そうにしていると、少年が笑顔で頷いた。
「大丈夫、細かいことはそいつが教えてくれるから!」
「そいつ……?」
少年の視線を追って、アルドは視線を下げる。そこにあるのは、黒地に幾何学模様が描かれたデッキケース。そこから突然、無機質な機械音声が流れだした。
「ごきげんよう、マスター(仮)」
「うわっ!? は、箱がしゃべったぞ……! もしかして、お前が助けてくれるのか?」
「はい。基本的なルールから複雑なコンボのアドバイスまで、なんでもお聞きください」
「そうか……コンボ、ってのはよく分からないけど、とりあえずよろしくな」
「はい。よろしくな、マスター(仮)」
「……ん?」
違和感にアルドは首を傾げる。今、言葉遣いが……?
困惑するアルドに、少年が声をかけた。
「ごめんね兄ちゃん、そいつ中古で安かった奴でさ。調子にムラがあるんだよね」
「そ、そうか……いや、貸してもらってるわけだし、文句はないけどさ」
「お心遣い感謝です、マスター(仮)」
「気にするなよ。その代わり、しっかり助けてくれよな。ああ、それから、俺の名前はアルドだ。そう呼んでくれ」
「かしこまりました、マスター・アルド。任せとけ」
「……じゃあ、あいさつも済んだみたいだし、そろそろ始めようか」
少年はアルドから距離を取り、五メートルほどのところで足を止めた。
「兄ちゃん、準備はいい?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「一番最初に、ゲームスタートの号令を二人でするよ。僕が『ソウルバトラー、セット!』って言うから、そのあと二人同時に『スタート!』って言うんだ。いい?」
アルドが頷く。心なしか、少し緊張した面持ちだ。
「オッケー、それじゃあ……ソウルバトラー、セット!」
「「スタート!」」
アルドと少年、二つの声が重なってエルジオンの街に響き渡る。すると、二人のデッキケースがひとりでに浮遊し、それぞれの目線の高さで停止した。そして、自動的にふたが開き、カードが五枚飛び出した。
「うわっ!?」
その勢いにアルドは思わず体を仰け反らせた。五枚のカードは、これまたひとりでに二人の目線の高さで停止する。アルドはそこで初めて、このソウルバトラーというゲームの要であるカードを目にすることとなった。
カードの上半分には美麗なイラストが描かれている。アルドの手札にはアンドロイドが描かれているものが二枚、サーチビットが描かれているものが三枚。さらに、同じサーチビットのカードでも、描かれている向きや角度、背景などに細かな違いがあった。それらの下半分にはテキストが記されており、一行から二行と短いものもあれば、枠いっぱいに記されているものもある。
アルドが初めて目にするカードに見惚れていると、少年が声をかけてきた。
「すごいでしょ! それがソウルバトラー、ローカルアンドデジタルのローカルの部分だよ。あえて実物のカードを使うことで臨場感を出すのさ!」
「なるほど……確かに、見てるだけでも楽しいもんな。それで、ここからどうしたら……」
「マスター・アルド」
アルドの目の前で静止しているデッキケースが、ぼんやりと青白い光を放ちながら機械音声を発した。
「このゲームはマスターの先行です」
「……えっと、俺が先に行動するってことか?」
「はい。このゲームの基本は、攻撃や防御を行う『ユニット』を場に出して戦うことだぜ。まずは、手札のサーチビットを出すんだ!」
「本当にムラがあるな、こいつ……」
アルドはデッキケースの指示通り、サーチビットのカードに手をかけようとした。だが……。
「……なあ、サーチビットのカードって言っても色々あるぞ。どれを使えばいいんだ?」
「そこはあれです、マスター・アルド。勘で」
「勘かぁ……」
機械とは思えない曖昧な指示に、アルドはとりあえず一番テキストが長い赤いサーチビットのカードを出すことに決めた。
「えっと、カードを出すにはどうしたらいいんだ?」
「出したいカードに触れて、『ユニットサモン』の掛け声の後にカード名を読み上げてください」
アルドは頷き、浮いているカードの内の一枚に右手でゆっくりと触れた。
「ユニットサモン……レッドサーチビット!」
アルドの掛け声とともに触れたカードが前方に飛び出し、青白く発行する。そして、光の中からレッドサーチビットが姿を現した。エアポートなどで見かけるレッドサーチビットと、寸分違わぬ姿だった。
「す、すごいな!」
思わず感嘆の声を漏らすアルドに、少年が得意げに頷いた。
「これがローカルアンドデジタルのデジタルの部分、限りなく現実に近いホログラムさ! かっこいいでしょ!」
「ああ、これを見るだけで流行ってるのが分かる気がするよ」
「マスター・アルド。このターンでできることはもうありません。相手にターンを渡してください」
「あれ、ほかのカードを出したり攻撃したりはできないのか?」
「通常のユニットサモンは一ターンに一度、加えて最初のターンは攻撃ができません。ほかのカードも、プレイできる条件を満たしとらんからな」
「な、なるほど」
「『ターンエンド』の宣言で、相手にターンが渡ります」
「分かった。ターンエンドだ」
「ようし、僕のターンだね! ドロー!」
少年が元気よく宣言すると、デッキからカードが一枚引かれ、手札が一枚増えた。アルドのデッキケースが補足する。
「あのように、後攻一ターン目からはデッキから一枚引いてターンを始めます。『ドロー』がその宣言だな。攻撃も、後攻一ターン目から可能になるぞ」
「なるほど……後攻の方が有利なのか?」
「さて、それは……」
「行くよ、兄ちゃん! 覚悟!」
少年の意気込んだ声が、デッキケースの声を遮った。少年は慣れた手つきでターンを進めていく。
「まずは……ユニットサモン、アガートラム!」
宣言とともに、少年の場に巨大の鉄の腕を持ったエネミー、アガートラムが出現する。これも、アルドが幾度となく戦ってきた相手と全く同じ姿をしていた。
「すごい迫力だな……」
「気を付けてください、マスター・アルド。あれは強力なカードです」
「そ、そうなのか……?」
「はい。ユニットは攻撃や防御をする以外に、特別な能力を持っているのです。あれはその中でも一際強力な一体だ。もっとも、真価を発揮するには一手間かかるが……」
「スペルプレイ、藁人形! 二体の藁人形を場に出すよ。さらに、アガートラムのエフェクトプレイ! 藁人形二体を破壊してアガートラムのパワー上昇!」
アルドたちの作戦会議の最中にも、少年のターンは進行していく。聞いたこともない専門用語が次々と少年の口から飛び出してくるので、アルドは質問すらできずにその様子を眺めていた。
「な、なにが起こってるんだ……!?」
「まずいですね、マスター・アルド。死にます」
「死ぬのか!?」
ざっくりした敗北宣言に、思わず大声を上げるアルド。だが少年はコンボを完成させるのに夢中で、それに言及することはなかった。
「最後に……スペルプレイ、違法改造! アガートラムのパワーさらに上昇!」
立体映像のアガートラム、その全身が血のような赤色の光を放つ。細かいことは全く分からないが、敗北の危機にあることをアルドは理解した。
「く、まずいな……!」
「もう遅いよ、兄ちゃん! アガートラムで攻撃だ!」
アガートラムが大木のような右腕を大きく振りかぶる。指をくわえて見ているしかないのか……?
「そ、そうだ、さっきユニットは防御もできるって言ってたよな。どうやるんだ?」
「相手ユニットの攻撃時にカードに触れればできますが……今は無理です」
カードケースの冷酷な宣言に、アルドは顔をしかめた。
「どうして無理なんだ?」
「彼が使ったスペル、違法改造の影響です。こちらの場のユニット一体の防御を封じる効果があるって訳だね」
「な、なんだって……!?」
驚きも束の間、レッドサーチビットを素通りしたアガートラムの攻撃がアルドを襲った。襲ったといっても立体映像、実害はない……のだが、アルドの全身が激しく振動した。
「うわっ、なんだこれ!?」
「このゲームではダメージを受ける際、振動によって疑似体験する機能があるのです」
「そ、そういうことは先に……くっ」
あまりの振動に、アルドは思わず地面に片膝を着いた。
「……そうか。さっきの叫び声と蹲ってた子供は、ゲームの中でダメージを受けてたのか」
他人事のように呟くと同時、デッキケースが放つ光が赤色に変わった。敗北の合図だった。すると、周囲から大きな拍手付いてと歓声が上がった。いつの間にか二人の戦いは大勢の子供たちに見守られていたようだった。
長い振動に耐え、やっとの思いで立ち上がったアルドに、一人の少女が駆け寄ってきた。彼女はそっと耳打ちする。
「無茶だよ、お兄ちゃん。あの子はこの辺りで一番強いって評判なんだよ」
「そ、そうだったのか……」
アルドは勝ち誇った笑みを浮かべる少年に視線を向ける。子供の遊びだと笑い飛ばすことはできよう。このままデッキを返して立ち去れば、この件を終わりにできる。だが。
「……なあ」
アルドは少年に声をかける。少年は笑顔を浮かべたまま近づいてきた。
「なあに、兄ちゃん」
「ありがとう、このデッキは返すよ。それから」
「それから?」
「……リベンジしに来るよ。強くなって」
少年は驚いた様子だったが、それも一瞬。すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「待ってるよ、兄ちゃん。僕はいつでも受けて立つからね」
「ああ、望むところだ!」
「あ、そうだ。そのデッキとケース、兄ちゃんにあげるよ」
「え、いいのか?」
少年は笑顔を浮かべたまま頷いた。
「その代わり、ちゃんと強くなって戻ってきてよね。待ってるからさ」
「……! ああ、次はこうはいかないぞ」
「その意気です、マスター・アルド。行きましょう、修行の旅に」
アルドは頷き、少年に背を向けて歩き出す。からなずこの手で雪辱を晴らすと、心に決めて。
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