学区対抗戦 最終日
「みんなに、相談したことがある」
いろは中学校控室で、和馬が真剣な表情で全員にそう言った。ここに教師はいない。いるのは──共に戦ってきた仲間だけであり、和馬が最も信頼している者たちでもある。共に死線を潜り抜けた仲間には、家族以上の特別な絆がある。和馬がそう言いだした時、二戸は俯いて瞳を閉じた。二戸は、これから語る和馬の言葉を唯一知っている者だからである。二戸は和馬の判断に納得している、和馬の話に、何も言うつもりはないし、仲間にそれを強制するつもりはない。そして、和馬の話に仲間が反対などするはずもないと確信をしていた。
「先日──おれが、エビ中の新一と会ったことはみんな知っているよね。それで──とある相談を持ち掛けられたんだ、今日まで黙っていて申し訳ない、ことがことなだけに、みんなを信用しないわけではないけど、知っているのは二戸だけで、その二戸にも固く口止めをして、このタイミングで話そうと思っていたんだ」
和馬は落ち着いた様子で机に座り、両肘をテーブルの上について顔の前で手を組んだ。いろは中学校のメンバーは、特段驚いた様子もなく和馬を眺めている。
二戸自身がそう思っているように、和馬は相談と言ったが、これは『相談』ではなく、『報告』。誰もが和馬の案に反対するはずもない。和馬は絶対であり、慕われ、頼られていた。むしろ、女子メンバーからは神格化される程に。
「今日、相手がとある条件を満たせば、おれ達は戦わない。引き分けを狙って、そのまま時間切れまで待つ。これだけを聞くとおかしな話だなと思うだろうけど、もうちょっと話を聞いてほしい」
「私は和馬くんがそう言うのであれば、従います」
「私も、例えそれで相手に裏切られて殺されても、悔いはないよ。どのみち、和馬に何度も生かされてきた身だし」
「異論はないです、和馬くんがそう判断したのであれば、従います」
女子メンバーはそう即答すると、和馬は待って待ってと両手でジェスチャーした。
「話を最後まで聞いて欲しい。これを実行すれば──恐らく、大人たちからは白い目で見られて、最悪、この国を捨てることになるかもしれない」
「へぇ──…そりゃあ楽しそうだな」
男子メンバーの最後の一人、美嚢がそう言って笑う。美嚢は組んでいた腕をほどくと、和馬の席に座った。
「そうだ、だから──説明はしておく。大丈夫だ、法律には触れないし、エビ中との再戦もない。今回は、引き分けで完全に決着して、おれ達はもう学区対抗戦に出なくて済むだろう」
「なんでもいいよ。和馬についていくだけだから」
女子メンバーの一人、いちかがそう言った。いちかは、和馬に何度も学区地区対抗戦で命を救われ、この先の人生は和馬に尽くそうと決めている。
「いちか、待てって。じゃあこれから説明するけど、試合開始までは他言無用だよ、どのみちもう誰にも話せないだろうけど」
和馬はそう言ってから軽く咳ばらいをする。武は誰にもひけをとることはないが、こういった話は苦手だった。
「相手の──エビ中の新一は──…親殺し、らしい。もう、生きて今日を終わる気はないそうだ。証拠を見せてもらっていないけど、今日試合開始と同時にそれを見せることになっていて──…更に、新一の仲間――多分、新一の思い人である仁美という女子の父親の首も持ってくる予定になっているんだ。そこまで来たら、どうか信用して引き分けとさせて欲しいと言ってきた。そして了承した。おれだって、仲間を失いたくないし、正直、もうこんなことはうんざりだ──不幸な人生を負わされたおれ達が殺しあうのは──もううんざりなんだ」
親殺し──…。その言葉に、和馬と二戸以外の全員が少しだけ反応をしたが、それは本当に少しだった。いちかは軽く目を見開き、美嚢は眉毛を少ししかめた程度。
「それは、辛いですね」
女子メンバーの緑子が、そう言ってから赤いフレームの眼鏡をかけなおす。緑子はこの中で最も頭が良く、頭の回転が速い。緑子は、女子であるが故に想像した。仁美という子は──今この瞬間、どれだけつらい思いをしているのだろうかと。学区対抗戦に出させる親を殺す──。それだけのことをするのであれば、二人は両想いに違いない。
緑子は新一を知っている。新一ほどの男に愛されれば、どんな女でもなびくであろうという確信もあった。きっと、お互いに狂おしいほど愛し合っているが、学区対抗戦が障害となっているのだろう。だが──新一が死ぬのであれば──もう、叶うことのない想い。
「武装は?そのままか?」
美嚢の言葉に、和馬は頷く。
「ああ、だが新一はすぐに武装を解除すると言っていた。それもこの案の条件のひとつでもある。おれは──新一が武装を解除して、親殺しの証拠と、仁美という女子の親の首を出して来たら、武装解除するつもりだ、というよりもそうするしかない。おれは新一が持ってきたその仁美という子の親を殺す共犯であるという証明書にサインをしてしまった。本当に首を持ってきた場合、その書類は有効となるから、裏切ることはできないし、元から裏切るつもりもない」
「わかった、じゃあおれもそうしよう」
美嚢は納得したように何度も頷いた。
「そして──もうひとつあるんだ、これは、みんなに決めて欲しい」
「ん?」
和馬がそう言った時、二戸は顔を上げた。ここまでの話は聞いていたが、これ以上の話は聞いていなかったからである。
「コウナギ物流という会社の会長が、四百万を融資してくれるそうだ。それで引き分けにかける人がいれば、試合が始まったら手を上げてくれ。それが合図になる。ここで成功をして生き延びても、この先は金がないと生きていけないと新一に言われてね」
和馬がそう言うと、美嚢が大笑いをしてから言った。
「まったく、新一ってやつぁとんでもねーやろうだな」
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