学区対抗戦 最終日

「なんで――」

 次郎は、新一の話を聞いてその場に崩れ落ちた。仁美もまた崩れたまま顔を抑え、三平と美枝子呆然と新一を見ていた。双葉はあふれ出た涙を止めることができなくなっていた。

「新一、なんでそんな大事なことを…」

 美枝子の言葉に、新一は首を振る。美枝子の手はふるふると小さく震えている。気丈な美枝子ですら、想像もしない内容であり、壮絶だった。

「皆に言うのはリスクだと判断したんだ。信用していないわけじゃない、今日この日までにそれがばれれば、みんなにも追及が言った時に、本当に知らないほうがよかったから」

「ねぇ、どうして。新一、どうして――?どうしてもそれじゃなきゃダメなの?」

 双葉が振り絞るようにして出した言葉。そして伸ばしてきた手──双葉の手は新一の頬を両側から挟むようにして掴み、双葉は新一の首元に顔を埋めた。

「ねぇ、どうして──」

 双葉にこれ以上の声はでない。新一は、双葉の後頭部を軽く撫でるとそっと離し、蹲る仁美の横にしゃがみこむ。

「仁美、親を殺してすまない。だけど、仁美に追及がいかないように──学校でみんなと待っててもらったんだ。完璧なアリバイがあれば、拷問処刑はない」

 新一はそう言ったが、仁美は、蹲ったまま顔を上げない。

「新一、お前、なんでだよ、なんで。そんなこと、おれだけには話してくれてもよかっただろ、なんで──お前だけでそんな──」

 次郎がそう言ったが、新一は何も答えなかった。すべてを話し、すべてのハードルを越えた今、もう言葉は必要ない。感謝も、謝罪も、何もかも──言葉では言い表せない、必要もない。もう対抗戦まで三十分を切っている。ここまでくればもう誰にも対抗戦を止めることはできない。

 新一はやっと、安堵のため息をついた。重圧の連続だった。安息を感じる間もなかった。仲間にもすべてを話し、すべてのハードルを超えた今、やっとつけた安堵のため息。

「作戦を──変えて」

 仁美がぼそりとそう言った。ぎょっとするような冷たい声に、全員が息を飲む。

「私、嫌だよ、そんなの。そうだよ、変えよう、私は戦う。たとえ私一人でも。うん、それがいいよ。だって、おかしいもん」

 立ち上がった仁美の目は真っ赤に充血したまま、大きく見開いていた。

「だって!だって、新一は──」

「もうそれ以上、言わないで!」

 大きな声でそう仁美を制したのは、美枝子だった。美枝子だけは、理解している。これしか手段がないことを。そして、新一の覚悟を。仁美がこれからどう足掻いても、新一の提案した案以上のものはでてこないだろう。ここで全員を無駄死にさせない為に、新一が準備した作戦──。

「私だって、わたしだって嫌だよぅ――…」

 美枝子の顔がくしゃりと崩れ、瞳から大粒の涙を零した。

 最初からぶれずに”こうする”と決めたからこそ、成功するであろう作戦。皆は新一に感謝をするであろうが、新一だけはそうは思っていなかった。今回の作戦について、感謝される覚えなど、微塵もなかった。

 そう──新一は親を殺している。すべての作戦の前提にそのことがあり、隠し通せるとも思っていないし、隠し通そうとも思っていない。

 母親の彼氏も殺した、仁美の親も殺した、すべてを隠そうと思っていない。仁美の親は発覚が遅れるように細工もしていない、普通の社会に生きる人間であれば、今日中には死体となっていることが発覚するだろう。

「みんなは、勘違いをしている。おれは──みんなの為だけにやったわけじゃない、瑞樹のこともある、最良の結果を出す為に、やったことなんだ。それに、みんなにもお願いがある、海外にいる瑞樹のことを──お願いしたいんだ。きっと、今日が終われば、みんなは海外にしか居場所はなくなるだろうから。この国に戻ってくるとしても、一度は海外にいくことになると思う。勿論、その段取りもしてあるから」

 新一の言葉を、全員が黙ってきいていたが、誰も頷かなかった。そう、その言葉に頷けば──。

 新一が試合の最後に自殺するということを、はっきりと認めなければならないからである──。

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