学区対抗戦

 散々と自分を陵辱した義父が裸のままベッドで眠っている姿を見ても、仁美は何の感情も沸いてこなかった。ただあるのは、義父の体液によって汚れた身体を洗いたい。ただその一心だけである。

 義父を起こさないようにそっと部屋から出ると、まずは水でうがいをする為にリビングへ向かう。暗いリビングに電気を付けようと手を伸ばした瞬間、テーブルの上で何かが点滅していることに気がついた。電気を付けてからそれを確認すると、それは自分の携帯電話であった。

 恐らく双葉からのメールであろうと思ったが、携帯電話を確認して、仁美は驚く。それは、新一からのメールだった。

『学区対抗戦の日。朝五時に、なんとしても学校へ来て欲しい。二人だけで、話したいことがある』

 新一らしい、なんの絵文字もない、飾り付けもないストレートな文章だった。仁美は身体を洗うことも忘れて、すぐに返信をする。時間は深夜一時半――真夜中の返信は失礼かとも思い一瞬手を止めたが、確認すれば新一がこのメールを送ったのはつい五分前だった。

『全然大丈夫。わかった、何かあるの?』

 仁美は、あえて控えめに返信をした。あまり長い文章を打てば、返ってこない可能性を考えてだ。この時間であれば、新一は寝る前にこの文章を作り、メールをしてきたかもしれないのだから。

 新一が真木を殺し、今その死体を捨てて自宅へと戻る途中などということは、仁美は知るよしもない。すぐに新一から返信が来る。

『大切な話なんだ。遅れてしまうかもしれないけど、必ずその時間に教室で待っていて欲しい』

『わかった。もう、寝るの?』

 間髪入れずに新一へと返信をするが、それ以降、十分だけ待ってみたが、新一から返事は戻ってこなかった。

 仁美は、携帯電話をそっとテーブルの上に置くと、風呂場へと向かう。

(新一が――話――)

 その感情は、期待と共に――不安を感じさせた。最近の新一を見れば――よくない内容であるかもしれない。

 むしろ、そのタイミングで新一が自分に何を話すのだろうと考えると、ますます不安になってくる。二人きりで――何を。双葉と次郎を見ている分、例え新一が自分のことを好きであっても、学区対抗戦前に、愛の告白などするだろうか?

(ううん――)

 熱いシャワーを浴びながら、仁美は泣いた。私は何を考えているのだろうと泣いた。誰からも愛される資格のない肉人形である自分が、何を期待してしまったのであろうかと。

 自分が――新一のような人間と釣り合わないことは、自分が一番よくわかっている。

 泣くことしかできない自分を仁美は恥ずかしく思うと、さらに涙が溢れてくる。

(新一に会いたい――)

 不意に、仁美はそう願った。自分をどんなに蔑んでも、心の奥底にあるのは――その感情だった。誤魔化すことができない、明後日には命を賭けて戦うのだ。もう、誤魔化す必要などないのかもしれないと思い始める。

(抱きしめたい、抱きしめられたい――)

 シャワーを浴びながら、仁美は下半身へと指を持って行くと、自らの局部が湿っていることに気付いた。

「――んッ」

 迷わずに自らの中に指を入れると、大きくかき回すように自慰を始める。なるべく、声を出さないように絞りながら。吐息のような息づかいで喘ぐ。

 仁美は生まれて初めて、性的な興奮を感じていた。肉人形となった自分の身体が、激しく熱を帯びていることがわかった。

(新一に触れたい、新一にこうしてほしい、新一に入れて欲しい)

 仁美の自慰は、どんどんと加速してゆく。指は一本から三本になり、左手の指はしきりに陰核を激しく擦っている。

(抱かれたい、抱きたい――)

 時間も忘れてひたすら自慰にふける仁美。だが、新一に抱かれる――その夢が叶うことはない。それは、この時にはまだ誰も知るはずもないが、新一だけは――そうだと知っていた。そして、仁美を早朝に呼び出した理由も――新一にしかわかるはずもなく、すべてを知った時に、自分が絶望することなど、今の仁美には知るよしも、ない。

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