学区対抗戦

「和馬、本当に信じるのか」

 放課後、いつもの練習のために体育館に備え付けられた更衣室で、胴着に着替えながら二戸は和馬にそう聞いた。二戸の瞳には、同じく胴着に着替え途中である和馬の強靱な広背筋が映る。

 今回の戦いはいろは中学校主催の学区地区対抗戦ではない為、お祭り騒ぎのABC中学校とは異なり、いろは中学校は静かだった。いつもと変わることのないそんな日常――だがそれは、和馬の強さの象徴とも言えるであろう。

 いろは中学校の誰もが、和馬が負けるとは思っていない。いや、思っていないどころではない、誰もが――和馬の負ける姿を、微塵も想像できない。

 常勝無敗。和馬の敗北を誰も疑うことさえできない。生徒も、教師も、仲間も。

「もしも新一が自らの言ったことを実行できなければ――戦うだけだ。総戦力では相手にもならないだろう。こっちにはおれも、二戸――お前も、三田やいちかもいる。どれだけ新一が強かろうと、こちらが負けることはない」

 そう、いろは中学校は和馬だけではない。その他のメンバーも手練れである。和馬の練習にずっと付き合ってきた二戸は勿論のこと、柔道全国レベルである三田。弓道県レベルのいちかもいる。

 だが、それらのメンバーは最初から強かったわけではない。三田といちかは、和馬の強さという熱に当てられ、短期間でここまで強くなったのだ。そして、和馬はそれぞれの師でもある。

(だったらどうして――)

 二戸は、そう言いたかった言葉を飲んだ。だったら何故、新一からの話を受けたのか――。正面から戦っても、負けはないと言い切るのならば、何故――新一の話を受けたのか。

「どうして――おれが新一の話を受けたのかって顔してるな」

「――…ッ」

 そんな二戸の思いを汲むように、和馬は比較的穏やかな声で言った。驚いた二戸の目が見開く。

「二戸、お前は――思わないか?こんな理不尽な戦いがいつまで続くんだろうって。おれが思うことはふたつ。新一と戦えば、万が一、いや、百が一――おれでなくとも、こちらに被害がでるだろう。それを、おれは良しとしない。そして――お前は見たくないのか?新一がやることの先を。新一の末路を」

「――…見たくないと言えば、嘘になる。だけど――」

 二戸がそう言いかけた口を、和馬は視線で制した。ぐっと唸る二戸に、和馬は続ける。

「約束を違えるなら、戦うだけだ。おれ達にはノーリスク。まぁ、その先を考えれば、ノーリスクとも言い難いけどな。へたをすれば、国を敵に回すと言われても、過言ではないだろう。だが、それでもいいじゃないか。ルールには反していない。おれ達には、いくらでもいいわけができる。こんな腐った世界に一石を投じる姿を間近でみれるかもしれないんだ」

 和馬はそう言うと笑った。二戸もあまり見たことがない、純粋な笑顔だった。

「それに、面白いじゃないか二戸。こんな親のいいなりで生きていかなければならない世界で、あんな奴もいる。それを応援しないってのは、同世代として情けないと思わないか?みんなもきっと、納得してくれる」

 和馬は胴着の襟を正すと、それだけを言って二戸の返事を待たないまま体育館へと出た。メンバーへの説明はまだしていない。新一の話が事実であれば、秘匿性が最も大切であり、どんなささいな情報も漏らすわけにはいかない。

「和馬、じゃあお前――新一が言ったとこに、賭ているのか?」

 和馬の背中を追いながら、二戸がそう聞くと、和馬は振り返らないままに言った。

「ああ、今までの貯金、すべてを賭けるよ。兄貴名義だけどな」

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