学区対抗戦

 学区地区対抗戦を二日後に控えたABC中学校は、まるで文化祭のような準備が進められていた。この日からは、学区地区対抗戦観戦チケットの前売り券を購入した人間は前もってABC中学校に入ることができ、実際に学区地区対抗戦が行われるグラウンドの状態などを確認することができた。

 そして、そうした人間を目当てにした出店がいくつも並び、ABC中学校は大きな盛り上がりを見せている。校内の至る所に、新一と和馬が向かい合うように作られたポスターが貼られている。フレーズは、『竜虎、ついに激突』。

 和馬の人気は当然のように高いが、学区地区対抗戦のマニアにとっては、新一はまさしくダークホース的な存在であり、インタネットの大手掲示板では、新一が有利とすらされていた。確かに一部のマニアが言うように、新一が誇るその身体能力は、決して和馬にも引けをとることはない

 そんなお祭り騒ぎを、次郎は屋上から冷めた目で見つめている。次郎の隣には、双葉もいた。学校のどこに居ても、好奇な視線で見られるか、頑張ってとか、応援しているからといった心にもない言葉を掛けられることにうんざりしていた。

「新一も、仁美も来てないね」

 双葉がそう言うと、次郎はその言葉に頷いた。

「誰だって、こんな日に来たくないさ。おれだって、居場所がないから嫌々きただけなんだから。学校の外にだって、家にだって居場所なんてありゃしない」

 吐き捨てるような次郎の言葉に、今度は双葉が頷く。

「私も――そう。お父さんは、私が学区地区対抗戦に出たお金で、借金を返そうとしているから、逃げないように悪い人に見張られているし。仕方なく、学校に来てみただけ。幸い、出店の食べ物はタダで貰えるから、お腹はすかないしね」

 双葉はそう言って割り箸を口で挟んで、片手で割った。もう一つの手には、パックに入った焼きそばを持っている。

「腹が減っては、戦はできぬ――ってか、女はなんだかんだ強いな、おれは――何も食う気なんかしないよ。正直、恐怖で押し潰されそうだ。明日、あそこで死ぬかもしれねぇ。こんな腐った世界だけど、やっぱ、死ぬことは怖いんだな」

 次郎はグラウンドの方向を見下ろしながら、顎でしゃくった。グラウンドにはすでに白線が引かれており、観客席を設置するための簡易工事が行われていた。作業員達が足場を組み、てきぱきと観客席を作っている。

「次郎、私だって――怖いよ。すごく、怖い。でも私は――死ぬのが怖いんじゃない、私は――」

 そこまで言って、双葉は言葉を止めた。その先の言葉は、次郎への気持ちの、確信へと迫る言葉だったからだ。

 どうしよう――双葉はそう思った。気持ちを伝えるのは簡単であり、これ以上のシュチエーションはもうないであろうとわかっていたが、言葉にした矢先――死ぬのがもっと怖くなるかもしれないことを双葉は恐れた。

 次郎と自分の気持ちが同じであろう双葉は思っている。だからこそ、気持ちにセーブをかけて、次郎とは学区地区対抗戦が終わるまでは、恋仲になってはいけないと思っている。そして、次郎もそれは同じ。

 今、この瞬間愛し合っても、苦しくなるだけだ。二日後には、殺し合いが待っており、お互いが生きているなんていうことはわからない。愛せば愛してしまうほど、二日後の恐怖が強くなる。

だが――伝えないことによる後悔もあるかもしれないとも思った。

 伝えないまま――臓物を次郎の前に巻き散らしながら死ぬ自分――。それは、死んでしまった後のこととはいえ、あまりにも後悔せざるを得ないだろう。

 双葉は、次郎を見つめた。次郎もまた、双葉を見つめていた。決して重苦しくない、奇妙な沈黙がその場を支配する。次郎もまた、双葉への思いが喉元から出かかっていた。

 下唇を軽く噛んだま双葉を見つめていた次郎は、振り絞るように言葉を吐き出す。

「ま、まぁよ――明後日、頑張ろうぜ」

「――うん」

 結局、次郎も双葉もその思いを伝えることはできない。そう、少なくともこの時、伝えることはできない。

 もしも二人が思いを伝えるとすれば――それは、学区地区対抗戦が終わり、二人が生き延びた後の話。

(新一――)

 次郎の脳裏に、新一の顔がよぎった。同時に、美枝子の言った言葉も脳裏によぎる。「結局、自分たちは新一に頼るしかない」。

 その通りだ――と次郎は思った。そして、そんな自分を情けないとも思った。

 双葉は、ただ祈った。新一の策がすべてうまくいき、全員が生き残れることを願って。


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