学区対抗戦
会長室にある大きな水槽に水は入っておらず、代わりに砂とウッドチップが混ざった床材が敷かれ、流木がいくつか置いてある。水槽の中にいるのは魚ではなく、つがいの大きなフトアゴヒゲトカゲという外国原産のトカゲだった。
コウナギ物流のトップであるコウナギは、フトアゴヒゲトカゲの餌であるフタホシコオロギを水槽の中に数匹投げ入れると、オスよりも先にメスが食いついた。オスは、メスに遠慮をしているようにじっとコオロギを追いかけ、捕食するメスをじっと眺めている。
「シラキ、どう思う?」
コウナギが背後に立つシラキにそう聞くと、シラキは少し間を置いてから答えた。
「彼の覚悟を無駄にするのは――会長らしくはありませんね。たとえ、お金を無駄にすることになっても。とても悲しい――話でしたが」
「いや――そうじゃない。どこまで話を広げようかって話だよ。あの新一って子は――ありゃ男だよ、いい目をしていた――」
コウナギはそう言うと新一とのやり取りを思い出してそう言った。部下に欲しいと思ったが、それは叶わない。コウナギとシラキは、新一の策のすべてを知っているのだから。そして、それと同時に結末を知る身として、悲しい感情が沸き上がった。
「そういうことでしたら、佐久間さんと、小松さん辺りでいいと思います。この二人と会長がいれば、少なくとも無効試合になることはないでしょうし。まぁどのみち――無効試合になることはありませんが…」
「そうだな――」
「はい」
佐久間という男は著名な弁護士であり、小松という男はこの国で有数の任侠団体のトップだった。どちらもコウナギとは旧知の仲であり、コウナギと小松は兄弟分でもある。
「しかし――」
コウナギはそう言うとフトアゴヒゲトカゲの入った水槽をこつんと叩く。コウナギのその行動が、再び餌の時間だと勘違いをした二匹のトカゲはピクリと反応し、同時に顔を上げた。
「相変わらず狂った――腐った世の中になっちまったもんだよ、あんないい子がなぁ――」
コウナギはそう言うと遠い目をして窓から外を見つめた。貫禄のあるその背中を、シラキはじっと見つめてたまま、返事はしない。シラキは、コウナギの言う言葉の重みを知っている。シラキの知る限り、コウナギほどこの国と戦っている人間はいない。
コウナギがはき出したその言葉の重みに、軽々しく返事ができる人間など存在はしない。
「なんとかしてやりたいけどね」
「私も――そうは思いますが」
シラキはそう答えると、その先は答えずに――俯いた。新一の話を聞いて、もうどうにもならないとわかっているからだ。
「そうだな、どうにもならないなら――最善を尽くしてやるのが、おれ達大人の礼儀ってものだな。シラキ、準備してくれ。すぐに出よう。時間はもうあまりない。忙しくなるが――お前は、腹の子に影響がない程度に付き合って欲しい。後は新一の周りの子達の段取りもすぐに取りかかってくれ」
「勿論です。すぐに小松さんと佐久間さんと連絡を取りながら、準備致します」
シラキはそう言うとすぐに会長室を出る。同時に、ポケットから携帯電話を取りだした。
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