学区対抗戦

「人間のやることじゃねぇよ」

 新一と次郎、仁美と双葉――四人しかいない放課後の教室で、次郎がそう吐き捨てるように言った。窓からグラウンドを眺める新一も同じ気持ちだった。双葉は、そんな新一の後ろ姿をじっと見つめている。

 相崎七海の最後は、壮絶だった。未成年の誰一人として、理解することの出来ない『拷問処刑』という制度。親殺しをした者のみに課せられる最大限の苦痛を味わってからの死。親を殺せば、自殺をするしかない。拷問処刑で死ぬのであれば、自分で命を絶った方が遙かに楽であるに違いないのだから。

 だが、子が親殺しを躊躇うのは、拷問処刑による恐怖だけではない。親殺しは、連帯責任という特殊な法律が設けられており、生きて自首をさせることができなかった場合、親殺しを行った者の兄弟もすべて同様の拷問処刑によって処されるのだ。ひ弱な少女一人なら一人っ子という家庭も多いが、双葉や仁美のような一人っ子はあくまで希であり、通常は親殺しを防ぐために兄弟が多くいる家庭が多い。次郎の家に関しては、兄弟が六人もおり、兄弟それぞれが親殺しだけはしない、万が一してしまったら死なずに自首する、又は強制的に警察に連れて行くと固く誓っていた。

 仁美は、席に座りながらじっと何もない机の上を眺めていた。仁美にとって相崎七海は他人ではない。ある意味、仁美にとって相崎は英雄だ。自身と同じ境遇でありながら、すべてを否定し、四人もの親を殺したのだから。

 自分には、そんな勇気がないことはわかっていた。親を殺すことも、殺したとしても、自殺する勇気もないこと――それは自分自身であるからこそ、確実に理解しており、同時に絶望もしていた。勇気のない自分を理解すれば理解する度に心は凍り付き、意思を持たぬ肉人形となることに抵抗を覚えなくなっていた。

「ねぇ――新一」

 双葉が、意を決したようにグラウンドを眺める新一の後ろ姿を見ながらそう言うと、新一は振り返る。眉をしかめながら自分を見つめる双葉の表情を見てから、新一は「ん?」と小さく呟くように言った。

「一昨日さ――…何やってたの?」

「――一昨日?」

 双葉は明らかに探るような言葉口調だったが、新一は平静を装ったままだった。明らかに普段とは違う双葉の様子に、次郎と仁美は双葉と新一を交互に見る。

「本当は――…美枝子が居るときに言おうとも思ったけど…美枝子なら冷静に判断してくれるだろうし、でも、私、我慢できない」

「どうしたの双葉?」

 明らかに普段と様子の違う双葉に仁美はそう声を掛けたが、双葉はそれに反応せずに新一を見つめたままだった。

「どうしたんだよ、双葉」

 新一が困惑した表情を見せると、双葉は大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐く。それは、緊張している自分を落ち着かせているような所作に見えた。

「――どうして、いろは中学の人達と居たの?」

 はっきりと双葉がそう言うと、明らかに新一の表情が変わった。それは、困惑や動揺の表情ではなく、冷めた――表情だった。急激に感情の体温が下がったように、新一の表情もどんどんと冷めてゆく。そんな表情の新一を見て、双葉は唇を噛みしめ、思わず涙を流してしまった。

 仲間だと思っていた――自分は使えないけれど――同じ命を張る仲間だと思っていた――。

 双葉の心は、そんな感情で埋まる。悔しさと、絶望――。少なくとも、今自分が見ている新一の表情は、仲間を見つめている表情ではなかった。

 双葉から見た新一の表情はまるで、邪魔になったペットをどうしてくれようかと――考えている飼い主のようだった。

「見てたのか」

 新一の言葉が、静かに響く。それは明らかな質問への肯定であり、否定ではなかった。

「待てまて、ちょっと待てって。なんの話を――」

 次郎が新一と双葉の間に割ってはいる。同時に、仁美も立ち上がり双葉の腕をひいた。

「私、見ちゃったんだよね。新一が――いろは中学の和馬と、その仲間と公園で話しているところを。尾行するような真似をして申し訳ないとは思うよ、でも――」

「今はまだ――説明はできない」

 双葉の言葉を遮って、新一が苦しそうな声でそう言った。

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