学区対抗戦

「――…」

 和馬は新一の頭脳だけではなく、新一が持つ野性的な何かにも警戒していた。新一がABC中学校の弱小サッカー部を県大会へと自身の力だけで送った試合の映像を思い出す。それは――少なくともサッカーというスポーツを知っている人間の動きではなかった。いわゆるドリブルやシュート、パス、トラップなど、テクニック面は滅茶苦茶だった。

 だが――ボールをゴールへと押し込むという力だけは別格だった。身体能力は勿論、そのゴールへの嗅覚が異常だった。ほとんどやったことがないスポーツなのにも関わらず、どこに居ればボールを効率よくゴールに押し込めるか、どこにボールが来れば有利になるか、直感ですべて理解しているような動きだった。

「ま…まぁお前なら、いつか熊にだって勝てそうだけどなぁ」

 二戸が神妙な面持ちの和馬にそう言ったが、和馬はそれをまったく聞いていなかった。変わらずに棒術専用の木刀の切っ先を見つめたまま、奥歯を噛みしめている。

(これだから和馬は――怖いんだよ)

 二戸は、そんな和馬を見つめながらそう心の中で呟いた。和馬がこれまで常勝無敗であり、皆殺しの和馬と恐れられるまでになったのは、和馬には油断がないからだ。どんな相手でも、すべてを調べ尽くし、一切の手加減抜きで勝負し、決して遊ばない。

 メディアが和馬を学区地区対抗戦の天才だとおだて、教師達にお前は我が校の誇りだと褒められても、いろは中学の女子生徒達に黄色い声援を送られようとも、和馬は努力することをやめない。勝率を一%でもあげること、自身の身体能力を少しでも上げることをやめない。

 皆殺しの和馬を本当に知る人物はみんな知っている。和馬は――努力できる天才であるということ、完成された人間であるということを。

 いろは中学校の学区対抗戦メンバーの中では、二戸が和馬とは最も古い友人であるが、二戸には和馬が負ける姿どころか――苦戦する姿すら想像も出来ない。

 「今日は少し苦戦した」と和馬が二戸にぼやいたことがある。その日は頭脳戦で勝負を挑んでくるチームであり、直線的な勝負を望む和馬とは相性が悪かったのだ。その戦いの中で、いろは中学校側の女子生徒に、相手中学校が開幕と同時に投げてきた槍が当たった。当たったといっても直接当たったわけではなく、機械馬に跳ね返り、肩口に少し刺さった程度である。

 跳び道具は禁止であるが、持っている武器を投げることは禁止とされていない。それを開幕と同時に投げてくるとは和馬には予想外だった。本来であれば和馬を狙った槍であったが、和馬は開幕と同時に前へ躍り出たので、和馬の後ろに位置していた女子生徒が被弾する結果になってしまったのだ。

 その後の試合は一方的な和馬の虐殺に終わったが、仲間を傷つけてしまったことを和馬は激しく悔いた。

「今日は少し苦戦した。もしも槍を投げてくることを読めていたら、撃ち落としてから前へ出ればよかった。すまない」

 その言葉を聞いて、怪我をした女子生徒は和馬に泣きながら「そんなことない、ありがとう」と感謝の気持ちを口にしたが、和馬はそれを認めなかった。誰か一人でも怪我をすればもう完璧な勝利ではない、結果として、和馬はそれを苦戦と呼んだ。

 そんな怪我人を出してしまう試合をする度に和馬は激しく後悔し、己を磨き上げる為に時間を費やした。二戸は、そんな和馬にいつも付き合って練習をしていたが、二戸自身の武術の腕は限界に達しており、今でもはもう和馬のウォーミングアップの相手をするのがやっとである。

 そんな二戸からすれば――和馬が出場した試合はすべて完璧な試合であり、後悔する必要のある試合など一度もない。二戸には和馬を理解することはできなかったが、そもそもして理解などできない人種なのだと、自分とはそもそもして違う生き物だと気付いたのは、和馬が「苦戦をした」とぼやいた時――その時からだ。

 二戸は確信する。和馬は――完璧な人間だ。こと学区対抗戦において、今後――未来永劫、和馬を超える人間は現れない。

(本当に、お前と同じ中学でよかったよ、和馬、ありがとうな)

 二戸は、和馬を見ながら心の中でだけでそう感謝の気持ちを述べた。和馬と二戸は、境遇こそ違うが、付き合いの長い友人だった――親友とも呼べる間柄だった。そんな親友に、口に出して感謝をするのは、二戸は恥ずかしいと思っていたし、言う必要もないと思っていた。もしも和馬が負けそうになることがあるとすれば――その時、これまでの恩を自分の命を使ってでも返す覚悟があるからである。自分の命を使って和馬が勝利できるのであれば、二戸は躊躇わない。迷わずその身を削り、喜んで命を差し出すだろう。

「あ、あの――和馬くんッ」

 道場の入り口に、少し焦った様子の女子生徒が入ってきて和馬にそう声を掛けた。その表情は和馬に黄色い応援の言葉を掛けたり、恋文を渡そうとする女の表情ではなかった。

「どうした?」

 和馬の代わりに二戸がそう聞くと、女子生徒はごくりと唾を飲み込んでから口を開く。

「あの、校門に――校門に、エビ中の新一が来てて、和馬くんを呼んできてくれって――」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る