学区対抗戦

 和馬、必ず勝て。人生とは、常勝無敗であることにしか意義はない。一度でも敗北した者には、なんの価値もない。王とは――誰しもが持ち得ない強運と武力を持っていることがすべての前提なのだ――。

 和馬は、徒手格闘の王と呼ばれ、豪傑――豪放磊落――これまで命を賭した真剣勝負無敗――実戦格闘家である父親の意に沿って、何度もの学区対抗戦を制してきた。

 常勝無敗――。和馬が率いる精鋭部隊は、これまで誰が欠けることなく、あやゆる対戦相手を屠ってきた。

 皆殺しの和馬――。メディアがそう呼ぶと同時に、和馬のふたつ名はそう決まってしまった。生きるか死ぬかしかない戦いの中では、相手をどうしても皆殺しにするしかない。和馬は、鬼ではない、悪魔でもない、ただの人間だ。命乞いをする相手の首を跳ねるには抵抗があったが、それでも、やるしかなかった。

 自分が死ねば――妹や弟たちが自分と同じ目に遭うだろう――。自分と違い、病弱な弟、そして気の弱い妹では、到底学区対抗戦など、戦えるはずもなかった。

 和馬の願い――それは、自身がこのまま勝ち続け、十八歳となった時、父親に引導を渡すことだった。真剣勝負を挑み、殺すまでをするつもりはないが、格闘家として再起不能にする。肘を壊し、膝を壊し、そして靱帯をすべて切る。

 今は無理だ。年齢的にも、体力、体重――覚悟も。だが三年後なら?父親もまだ現役であるだろうが、その頃には自分も現役だ。

 経験は十二分に得た。何人もの人間を殺したし、窮地も味わった。このままいけば――三年後には自分はもっともっと高みにいる――。和馬はそう思っていたが、ひとつの問題が起きた。

 それは――次の学区対抗戦が、ABC中学の新一であるということだった。

 和馬は、新一を知っていた。むしろ、新一は学区内では有名な男である。ひとつ年上の不良軍団を全員素手で病院送りにしたのは有名な話であり、近隣の中学校に通う和馬も知っている。だが、新一の恐るべき所はその身体能力や、暴力に加減がないという所だけはない、新一は、頭脳も明晰なのである。

 和馬は、頭がいい人間は苦手であった。これまでの学区対抗戦も、頭脳波のチームには多少の苦戦を強いられてきた。和馬のチームメイトに死者は出ていないものの、負傷はそういったチームで出ることが多く、頭脳によるチームプレイは苦手というよりも、嫌いだった。

 和馬には作戦などない、すべて自分だけが行き、自分が相手を全員を抹殺する、ただそれだけである。それでも、和馬の恐るべき戦闘能力によって細かな作戦などはすべて無意味であったが、新一は違う――頭もよく、身体も利く――。

 和馬にとって、これまで最も畏怖しなければけない相手、警戒しなければいけない相手、油断の許さない相手――。

「おいおい和馬、本番じゃないんだぞ、ある程度は手加減してくれよ、おれが練習にならないじゃないか。まぁ、役にたたねーって言われればそれまでなんだけどさ」

「ああ、すまない。そういうわけじゃないんだ」

 いろは中学校の体育館で、和馬と二戸は棒術の練習をしていたが、和馬があまりにも手を抜かないので、二戸が泣きを入れた。踏み込みと同時、体重を乗せて打つ和馬の上段打ちおろしを受けるだけで二戸の腕は痺れ、掌の皮は破れて出血する。

「あちちち…まったく、また掌が破けちまったよ。でも、お前の棒術に付き合えるの、もうおれくらいだしな」

「二戸、すまない。だが――今回の相手はあの――ABC中学の新一だ。気は抜けない」

 和馬はそう深刻な表情で言うと、自らが握っている棒術専用の木刀の切っ先を見つめた。

「でも、別に武術やってるわけじゃないんだろ?和馬の相手にもならねーって。しかも騎馬戦だぞ?おれはお前ほど機械馬操作するのウマい奴みたことねぇし」

「いや――二戸――。だからこそだ、武術ならば、絶対に負けない――。おれが恐れているのは、もっと…武術の型にはまらない、野性的な何か、なんだ。人は――どんなに鍛錬しても、熊に敵うことはない。そういうことだ」

「熊ってお前――野生とかそれ以前に、そもそもおれらと体重も何もかも違うじゃねぇかよ――」

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