学区対抗戦
激昂するように叫ぶ新一を、次郎は久しぶりに見て圧倒され、軽く一歩、二歩と後ずさりしてしまう。普段はクールで丁寧な物腰の新一が激昂する理由は、いつも仲間のことだった。次郎が上級生に袋叩きにされた時も、仁美がレイプされた時も、双葉がいじめられた時も、新一は激昂した。
「…わかった、悪かった。だが――おれにはやっぱり、全員が生き残って、というのは厳しいと思う、頭の悪いおれでも、それはわかるぜ。お前だけが作戦を考えて苦悩するなら、おれは、お前の為にも捨て鉢になる、その覚悟がある。それだけは忘れないでくれ」
「今そんなもん忘れちまったよ、次郎――大丈夫だ。告白の準備だけしとけよ。というか、待つ必要あるのか?双葉だって、今この瞬間も、お前の告白を待っていると思うけどな」
新一がにやついてそう言うと、次郎は少し俯いて顔を赤くした。
「ま、まぁ話はそう簡単じゃねぇんだよ、双葉ってその、準備があるだろうし」
「なんのだよ、お前の準備、だろ?もう時間もねぇ、おれは早く告白しちまった方がいいと思うけどね」
新一は胸ポケットから煙草を取り出した。それはこの国では珍しい両切りの煙草であったが、新一はそれが気に入っていた。フィルターを通した煙ではなく、直接の煙が喉を通っていく感覚、そして、口に残るわずかな煙草の葉――野性味のある味。特に、朝一番にコーヒーを飲みながら吸うこの煙草は別格であり、新一にとっての、唯一の贅沢でもある。
「おれのことはまぁ、うまくやるが、お前こそ――仁美はどうするんだ?ずっと、好きだったんだろ?このままでいのかよ?」
次郎がそう聞くと、新一は一瞬だけ悲しそうな表情をしたが、それは本当に一瞬だった。一番近くでそれを見たはずの次郎でさえ、その悲しみの表情に気付くことはなかった。
「ああ、おれもうまくやるさ」
新一はすぐに次郎に背を向けて煙草を吹かし、青空に向かって紫煙を吐き出した。空は、絶好の青空だった。皮肉にも、新一の心模様とは似ても似つかないほど、絶好の青色だった。
――青空を見上げていれば心は晴れて、怒り、悲しみといった負の感情は無くなっていくんです――そう言っていた小学校の頃の担任教師のことを思い出し、新一は思わずふっと笑ってしまった。
その教師の胸ぐらを掴みながら、新一は言ってやりたいと思った。「お前は今おれと同じ状況でも、同じ事が言えるのか?」と。
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