学区対抗戦
「やっぱり、騎馬戦か」
すでに次郎と新一は、授業に出ることはなく、学校にいる時間の多くは学校の屋上で時間を過ごすことが日課になっていた。
次郎が屋上から眺めるグラウンドでは、体育の授業が行われている。男子はサッカー、女子はバレーボールだった。そんなグラウンドへ向けて、次郎は吸っていた煙草を指で弾いた。放射線を描いて飛んでいった煙草は、すぐに見えなくなる。
「くそが、おれ達がやるのはあんなママゴトじゃねーってのにな。見てるだけで反吐がでるぜ」
次郎がそう吐き捨てるように言う。新一も同感だったが、新一は返事をしなかった。新一は少し難しい表情を浮かべながら、そのままグラウンドを見下ろしていた。
「新一…?」
「あ、ああ、すまん。ちっと色々考えてた」
「まぁ、考えちまうよな」
そう言って次郎は笑い、給水タンクの下で腰掛ける新一の隣に座った。
「…新一、おれは――捨て鉢に使ってくれて構わないぞ」
唐突にそう言った次郎の顔を驚いて新一は見た。次郎は、前を向いていた。その目は、遙か遠くを見据えている。
「お前には瑞樹ちゃんがいるし、三平には美枝子、美枝子には三平がいる。おれは…別に死んでも構わないんだ。おれは運動はできるが、頭が悪い、お前…作戦考えてくれてるんだろう?みんな、お前に従うと思うってか、お前に頼るしかないもんな。その作戦さ、おれが捨て鉢になって戦うことで成功に近づくなら――確率が上がったり、選択肢が広がるなら…それで勝って、生き残れるなら、その作戦にしてくれ。例え全員じゃなくても、誰か一人でも二人でも、生き残って勝てるなら…おれは喜んで捨て鉢になるぞ」
次郎は、新一の視線に気付きながらも、新一を見ないままにそう言い切った。本心だった。死にたいわけではない。双葉とだって付き合いたいし、抱き合いたい。学区対抗戦をもしも生きて切り抜けたら、双葉にも告白するつもりでいた。
「…双葉はどうするんだ。生き残って、告白するんじゃないのか?思いの丈を、伝えるんじゃないのか?」
「ああ――」
だが、死ぬつもりでもいた。双葉がもしも学区対抗戦で命を落としたら、もう次郎には生きている理由がない。せめて最後の抵抗として、呪いの言葉を吐く母親の前で自殺をしてしまうだろう。
矛盾するようで、矛盾しない思い。
自分が死ぬことで、双葉が生き残る可能性が高いのなら――喜んで捨て鉢になる。永遠に実ることのない恋でもいい。双葉さえ生きているのなら。どんなにつらい世界でも、つらい人生でも、双葉には生きていて欲しい。
「そのつもりだが、あいつがいない世界なら、おれには意味がない。あいつには――生きて幸せになって欲しい」
「…身勝手だな」
新一が呟くようにそう言うと、次郎は驚いて新一を見る。新一は、まっすぐに強い眼差しで次郎を見ていた。
「双葉も、同じ気持ちだろうよ。お前がいない世界で、双葉が幸せになる?自分の為に犠牲になった男を忘れられるものか。あいつがそんな女に見えるか?違うだろ、だからお前は双葉が好きなんだろ。それに――おれは誰も、誰一人殺すつもりなんかない」
新一が不適に笑いながらそう言った。そんな新一の肩を次郎は立ち上がってから掴む。その手は力強かったが、微かに震えていた。
「そんなこと――そんなことできるわけないだろッ相手はいろは中学屈指の皆殺しの和馬率いる精鋭なんだぞ。変な安心や同情は要らないッ身勝手でもいい――おれは、おれが犠牲になることで双葉が生きるなら、それでいいんだッお前こそ、仁美はどうするんだ、おれが犠牲になって、仁美が生き残れるなら、それがいいだろうッ」
「バカなこといってんじゃねぇよッ」
肩を掴む次郎の腕を弾いて、新一も立ち上がった。
「おれにとっては、お前――お前だって大事なんだッ!一緒にッ――…親が狂ってるから――…一緒に今まで苦労してきたじゃねぇかよッ!お前を見捨てられるか、そんな作戦を組めるかッ全員で…全員で生き残らなきゃ意味がねぇんだッ!」
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