学区対抗戦

 仁美が中学二年の時、ひとつ上の不良グループに男子トイレに連れて行かれ、殴りつけられた上にトイレの個室で犯され、二人目が終わった時だった。

トイレに入ってきた新一がその場面を目撃した途端、不良グループの男達を殴り倒し、中には入院者もでる程の暴力を振るった。

 何がなんだかわからない仁美は、個室の便座の上で足首に下着をかけ、股を広げたまま震えていた。性的な暴力には慣れていたが、直接的な暴力には慣れていなかったからだ。

 両拳が血に染まり、ワイシャツや頬にすら返り血が飛んだ新一と目があった時、仁美は思わず便座の上で自らの指で性器を広げて、「好きにしていいから殴らないで」と言った。

「バカか」

 新一はそう言って仁美の頭を軽くはたき、その手をひいてトイレから出た。

「どうして?」

 仁美はわからなかった。自分としたいからあの男達を倒したのではないのか?ならすればいいじゃないか?それとも、他の場所でもっと時間をかけてしたいのか?

「どうして?私、殴られるの嫌だよ、するならしてよ、なんで?どうするの?わからないよ、ねぇ、どうして?なんで私を助けたの?したいからでしょ?すればいいじゃん、男なんてみんなそんなものでしょう?」

 仁美がそこまで言うと、手をひく新一がぴたっと止まり、振り返った。仁美は、殴られるのかと思い、咄嗟に後ろへ下がろうとしたが、新一は手を離さなかった。

「まぁ、下心がまったくないってわけじゃないかもだけど、あんなさ…あんな男だけじゃねーって。わかって欲しくて――。同級生がさ、あんな目にあってて、それを…おれは見過ごせなかっただけ。暴力って手段はよくないかもだけど…でも人間として、男としてさ、見過ごせないよ、あんなのは。まぁその…義理の親父が、あれかもだけどさ、そういう男だけじゃねーって。とりあえず、おれもお前も怪我しているから、保健室…いかないか?」

 気まずそうにそう言った新一。その顔が、今でも仁美の胸には刻まれている。あの瞬間から、新一は仁美にとって特別な存在となり、いつしか、それは愛に変わっていた。

 だが、根底にあるのはあくまで『汚れた自分』。こんな自分では、新一とは釣り合わない。思っているだけで十分だと思っている。

「お…よーし、全員揃ってるな」

 白いジャージ姿の佐藤教師がそう言いながら会議室に入ってくる。佐藤教師の姿を見て、全員がピリっとした空気を放ち、椅子に座り直した。

「えーでは、いよいよ五日後に迫ったいろは中学との学区対抗戦。今日は、先日決まったルールの説明を行いたいと思う」

 佐藤教師の言葉を聞いて、三平がごくりと音を立てて喉の奥にへばりつくように存在していた唾を飲み込んだ。

三平だけではない、全員が音を立てる立てないに関わらず、唾を飲み込んだ。学区対抗戦において、そのルールは最も需要と言える。全員が緊張するのも無理はない。

「今回は――…ここ、ABC中学の校庭で、騎馬戦だ。敵はいろは中学の皆殺しの和馬率いる精鋭だが、せめてホームで戦えてよかったな、先生の感謝しろよ?先生のくじ運がホームでの戦いを掴んだんだから」

 にこやかにそう言った佐藤教師だが、新一達は何も反応はしない。温度差が違うかもなと思った佐藤教師は、こほんと軽く咳払いをしてから話を続ける。

「勝負は三十分一本勝負。エリアは十分毎に狭まっていき、二十五分後には四メートル四方とかなり狭くなる」

 騎馬戦――か。新一は瞳を閉じて腕組みをし、安堵のため息をつく。予想通りだった――ルールも決して特殊ではない。不意をついて障害物競走一本勝負などであれば、計画が大きく狂ってしまうところだった。

そう、近年は単純な戦いを好む傾向にある。所詮人間は、誰かの不幸や苦悩をほくそえむ劣等種族なのだ。殺しを遊びとし、又は快楽とする――それは食料の為ではなく、狩りを遊びとして行い、マンモスを絶滅させるまでに追いやった原始時代の人類となんら変わることはない。

 学区対抗戦の騎馬戦とは、各々が飛び道具以外の得意な武器を決めて、機械の馬に乗っての純粋な殺し合いである。ただし、同じ武器はふたつしか選ぶことができないので、長槍のみなどで戦うことはできない。

 これが一番盛り上がる、とテレビで派手な眼鏡と目が痛くなるような蛍光ピンクの洋服を着たコメンテーターが言っていたことを新一は思い出した。

(くそったれめ)

 新一の心に、熱い情熱が沸き上がってくる。

(おれが――死ぬほど盛り上げてやる)

 新一の胸には、使命や覚悟――怒り、言葉では言い表すことができないほどの強い意志で埋まっていた。新一の心臓が、内側から強く新一の胸を叩く。新一は、興奮していた。

(おれが――塗り替えてやるッこのくそったれた世界を、人生を――)

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