【第15話】ヨシナリさんの『覚悟』

「そもそもこの『戦い』に勝ち目は無いんだよ……もともと私達・・が始めた戦争だしな」

 『人間』×『サッカ』×『作家』これらの関係性、この戦いの意味、彼方を見据みすえ、わずかに息を吐きながら淡々と状況を説明していく。

「ひとつ、解説をしようか」

「この『ゲーム』の舞台は人々のタマシイかえ言葉コトバの海、つまりブンシュの海と人間界の狭間はざまなんだ。前に王ちゃんが打ち上げられていた『コトノハマ』さ」

「そこを舞台にヤスフミの奴は神の使いであるサッカを狩り尽くそうとした」

「そしてあわよくば『』さえもひきずり出そうとした」


「王ちゃんに会った時も言ったと思うけど、ブンシュの海はそこに落ちた人間を元にサッカを生み出す。まるで自らが生きているかのように。……そう、キリは無い」

「だから、アイツ等が尽きることは無い。だが、奴は……MUSTシステム、社長のヤスフミは空間を無理矢理繋ぎ、人間のプレイヤーを大量に投入することで、アイツ等を根絶やしにしようとしている。でも土台無理な戦いなんだよ。人間に勝ち目は無いかな」

「でもな、私達は負けられないんだ。というか、王ちゃんよお、負けっ放しもしゃくじゃねえかあ。……だからプレイヤーも犠牲ぎせいにする」

「というか、私は『プレイヤー』達に情けをかけるつもりは無い」

「自分で創らずにただ貪るだけの者達に作り手の気持ちを理解し『物語』に敬意けいいをはらうことなど期待しても仕方が無いが腹は立つ、だろう?」

「サッカ共と一緒くたに滅んでしまえばいい」

「ここ数年、なぜか作家の自殺・・が相次ぎ、小説投稿サイトの更新者数もとどこおっていった……」

「だが、一般人は「なんか最近作家の自殺が多くない?」程度の認識しか無いだろう。そりゃそうだ。作品は数多ある。過去に創られた遺産・・が。読者(プレイヤー)達が決定的に飢えることはそうそう無いだろう」

「だが、皆気づいていない。『新しい物語が紡がれなくなった世界』のの恐ろしさを」

「それは『停滞・・』、そして人は常に『新しき』を望むことを」

「かくして作家はいなくなりましたってことか」

「わかってるじゃねえかあ、王ちゃん」

 狼狽ろうばいする俺を見て、ヨシナリさんは大層、たのしげに笑みを作るのだった。

「だがヤツらに同情はしねえな、だってそうだろう。この世界を招いたのは他ならぬヤツら自身だ。そう、飽話・・時代・・を招いたヤツら自身のとがだ」

「容赦ねえなあ」

「無論だ。創作者の苦労も知らず、ただ食物を貪るように読むプレイヤー達に、一切同情の余地は無いと考えているからな」

「なら、自分で作れと」

「その通りだろう」

「ちげえねえ」

 俺の今の行動が、この展開自体が、先輩が望んでいた意趣返いしゅがえしのような気がする。そう考えると自然と邪悪な笑みがこぼれ出す。

「そもそも『飽話・・時代・・』を招いたのは、他ならぬ『プレイヤー』自身・・じゃないかい?」

「自分達のワガママで『生産者=作者』を淘汰とうたさせておきながら、昨今の小説業界は人材不足・・・・だが何故・・だろうと、思考・・をする者さえ出る始末、全く以て理解できない」

 ヨシナリさんの『プレイヤー』に対する断罪は手厳しい。

「先生が以前話してくれた『飽話・・時代・・到来とうらい』そのものなんだけどな」

「じゃあ、まさか」

「そう、つまり先生からのけ売り。だから当然ミサキちゃんも知ってるわな」

「なんだ、先輩も知ってたんだ」

 少しがっかりしている俺を気遣ってか、状況を語り終えたヨシナリさんは話題を変え、ゆっくりと良く噛んで食べなさいと言わんばかりに、

「確かに先生を殺した『サッカ』は許せないし、『プレイヤー』には負けたくない。でも、あれだろ?」

 言い含めるように、

「ただ復讐してどうするよ?」

 言葉をつないでくる。

「奴等に対して、作家の意地・・を見せつけてやりたいじゃねえかあよう!」

「もっと壮大そうだいに、いこうじゃねえ、かあ」

の首をとるとか?」

 おれの推測に、ノン、ノン、ノン、と人差し指を振りながらヨシナリさんは「まだ小さいなあ」と答えを告げる。

わるんだよ」

「その為には」と言葉をつなぎ、ヨシナリさんはとんでもない提案・・をする。


「全てをにして君を育てる」


 ヨシナリさんの本心はぶっ飛び過ぎていた。


「私はさ、思ったのよ。ヤスフミみたいに、全てを滅ぼすのでは無く、キチンとした『上に立つ者』を育てようと思ったのよ。それが、王ちゃん。アンタさ。」

「ミサキちゃんが託したのも分かる気がするわ。王ちゃんは愛されてるよ」

「まあ、まずは論より証拠」

「とりあえず、実行しようか」

「遊びはここまで」

 ヨシナリさんがパチンと指を鳴らすと、それは開始の合図・・

鳥籠職人とりかごしょくにん

飽話ほうわの時代に意趣返いしゅがえし」

「人を引き込む極短編連作ごくたんぺんれんさく

「念入りに仕込んだ毒のエサ」

「引き込み、捕らえ、停滞ていたいさせる」

「そしてとらわれ、出ることは出来ない」

「作家の生き残り達と作った快作かいさく

「たあーんと召し上がりな」

 サッカもプレイヤーも全ての存在がとらわれていく、因果いんが螺旋らせんへと、その結末・・へと、閉じた世界へと、そりゃあ当然だ。

「これだけ極短編をばらまけば」

「どこかにあなたの世界がある」

「だれもがどれかにあてはまる」

 カラカラとヨシナリさんは笑った。サッカといえ、人間なんだから。ヨシナリさんの奥の手、『人間を囚える結界』が炸裂さくれつした。

「サッカに救済をプレイヤーに苦しみを」

「作家に尊厳・・を」

「そして王ちゃんに永遠・・孤独・・を……王ちゃんには独りになって成長してもらいたいからねえ」

 ヨシナリさんはその言葉を最後に自らをも鳥籠の中にしまい込む。俺は止める事も出来ずに現状をただ黙って見ていることしかできなかった。そう、これは自殺なんだ。ヨシナリさんの、人間としての尊厳そんげんを保ったまま、せめて周囲をまとめて巻き込んだまま行う、壮大な自殺なんだ。……ある意味これも飽話ほうわの時代への意趣返しかもしれない。

「そんな悲愴ひそうな顔するなよ」

 どうしようもなく鳥籠を見つめる俺にカラカラと笑いながら語りかけるヨシナリさん。

「これは無駄死にじゃあ、ないから」

 『鳥籠職人』の発動で、サッカ、プレイヤー、俺以外このゲーム空間内にいる全ての存在が動きを封じられている。ものすごい力だ。ヨシナリさんはそれを苦にもせず自身の考えを、俺に託したい希望を極めて明るく言い放っていく。

「王ちゃんには頂点・・に立って貰わにゃアカンのよ」

「『もともと全てを持っていた者=』と『全てを集積しゅうせきさせた者=王ちゃん』とどちらがより良い話をつむげると思う?」

「王ちゃんには『人間の集積体しゅうせきたい』として『』に成り代わって欲しい」

「何でも持ってるキャリアより、現場上がりのたたき上げの方に頑張って貰おうと思っただけ。私達『人間』『作家』の代表として『然るべき者』に上に立って欲しいと願っただけ」

 ヨシナリさんの弁舌は本当に心地いい響きだ。だからこそとてつもなく残酷ざんこくだ。だって、俺はそのヨシナリさんを今から『喰わなければならない』んだから。

「でも、マスターはそうすべきです。マスターにはソレに足る器があるはずです。ないのは覚悟だけ。『ノブレスオブリージュ』、為すべき者が為すべき時に為すべき事をするのですよ」

「MUSTシステム製の被造物ひぞうぶつが良く言ったものだな。『しなければならないことを強要・・』する。まさに、社名然りじゃねえかあっ!」

 俺と文子との激烈なやり取りを愛らしい光景を見るようなほんわかとした目で見守るヨシナリさん。俺は溜まらず言ってしまう。

「なんて目で見てるんですかっ!」

「作家はなあ、『孤独でなければいかん』よ」

 だけど一向にさっきの視線を崩さないまま、ヨシナリさんは言葉をつないでいく。

「この言葉はなあ、先生が言っていた作家の心得の最後さ」

「先生がそれを言うたび、ミサキちゃんも寂しい話だなあって悲しんでたっけ」

 だから先輩は孤独が怖かったんだろうか? 読者におびえるほどまでに、同志どうしを欲するほどに……。

「でもなあ、王ちゃんと文子ちゃんを見てると、なんかどうでもよくなってきたわあー!」

 吹っ切れたように天を仰いで大笑いすると俺達に向き直り、

「二人なら何とかしてくれそうやあ」

 ほっこりとした表情でエールを贈ってくれた。だが、すぐに苦しみ出して、笑顔のまま弱々しく言葉を放つ。

「じつはなあ、もう、サッカとしての覚醒・・が始まってる。人としての感覚が保てなくなってる。人の心を喰う衝動が抑えきれないんだ……私を喰ってくれないか?」

「私はサッカに大切な人……先生を殺された。そして自身もサッカになってしまった」

 自嘲気味に語るヨシナリさん。だががらりと態度を変え、

「だが、サッカを許すことはどうしても出来なかった。そして自身がサッカであることもまた、耐えがたいほどに許容が出来ないんだよ」

「頼む。介錯かいしゃくを頼む」

 それはヨシナリさんからの最後・・のお願いだった。いままで俺を導いてくれた人の、あまりにもささやかな願いだった。断れるわけ無い。

「私は『人間・・』として死にたい。『人間』の『作家』として死にたい」

 そして、ヨシナリさんから託されたモノはあまりにも重い。でももう、俺は進むしかない。

「ヨシナリさんを踏み越えて進みます」

 俺は泣きながらヨシナリさんを喰らう。

「ああ、頼むぞ」

 喰われる瞬間みせた、ヨシナリさんの穏やかな表情が、俺にとってせめてもの救いだった。

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