【第14話】決別?

「マスター、しっかり」

 目を醒ました俺は浜辺に横たえられていた。そこには俺の名を心配そうに呼ぶ文子と

「やっと、目覚めたか」

 憮然ぶぜんとした態度で俺を見おろすヨシナリさんがいた。

「おいっ! 中庸ちゅうようのヤロウはどこだっ!」

「おちつけっ!」

 飛び起きながら文子につかみかかる俺にヨシナリさんはピシャリと告げる。

「あそこはブンシュの海の最底辺、未練まるけの作家がとらわれる墓場・・だ。そしてくすのきの奴はそんな作家達を救った気になってる哀れな死に神だ」

「何が言いてえんだよっ!」

 剣呑けんのんな目で睨む。射殺いころさんばかりの勢いで。

「まさか、お前がよもやあんな墓所に堕ちるとはなっ! 情けないぞ」

 だが、心底がっかりした表情で告げるヨシナリさんに叫びかかる。

「そんなこたあ、かんけえねえだろ!」

「お前は何がしたかったんだ?」

 どこまでも冷たい言葉に想いが爆発する。


「なあ、ヨシナリさん、作家ってなんなんだよっ!」

 俺は全てをヨシナリさんにぶつけた。


「じゃあ、あの時の質問をこちらからしようか?」

「そもそも『読者・・』とはなんだ?」

 いきなり禅問答ぜんもんどうかよっ! ってノリのヨシナリさんの発言。俺自身の怒りのボルテージが上がっていく。多分、攻撃力が上がった。

「自分で作る意志のない『プレイヤー』だろっ!」

 吐き捨てるように言葉を放つ、

「ちがうなあ」

 ヨシナリさんはここに来て初めて唇の端をつり上げ、邪悪な笑みをたたえたまま告げる。

「『読者・・』とは作家では太刀打ち不可能な『魔物マ・モ・ノ』、そして作家はその魔物に少しでも抗おうとする剣闘士グラディエーターさ」

 諦めたように語るヨシナリさんの言動が信じられなかった。

「違う、違う、作家は全てを救える!」

「そんなわけ無いだろっ!」

 一喝され、縮こまる俺。

「お前は楠のところで何を見てきたんだ?」

 挑発するようなヨシナリさんの言葉が突き刺さる。俺は二の句を継げないでいた。

「思い上がるな」

「作家が【救えるのは】『せいぜい一人・・人間・・』だけだ」

 そう言われると、あの『二人だけの世界にひたったヒキコモリコンビ』たる姪っ子とおじさんを思い出し、少し、ストンと理解が落ちた気がする。でも、それでも、【言わずには】いられなかった。

「その上でどこまで出来るのかを追求するのが作家だろ」

「いきなり全てを救おうなんてのが無理なんだよ」

 だが、すげなくバッサリやられる。

「あらかた、取り込んだサッカ共に影響されたかあ? ゴミムシがっ!」

 ヨシナリさんの視線に侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうの光が混じる。……そんな、信じてたのに、信じてたのにい……信じた人に裏切られるのがこれほど辛いとは思わなかった。俺は絞り出すように言葉を繋ぐ。

「……あんたの過去・・を見た」

 自分の身体が震えているのが分かる。俺はヨシナリさんに嫌われたくない。そう思っているが、それがもう、取り返しの付かないところまで来ていると気付いてしまったから。

「だからあんた俺に『共同執筆者・・・・・』となる誘いをかけたのかよっ! 復讐・・のために」

 でも、ヨシナリさんからのとどめの一言を喰らうのを分かっていても言わずにはいられなかった。

「そうだ、私はサッカを許すつもりなど毛頭無もうとうない」

「それに、分かるだろ」

「お前はミサキちゃんを殺しているんだぞ?」

「許しや救い、その他一切合切いっさいがっさい、お前にあってはならない」

 正論という名の現実を突きつけてくる。

「くそう、ちくしょう、このやろう」

 狼狽ろうばいし、弱々しく、うめくようにつぶやくことしか出来ない俺。

「じゃあ、どうすりゃよかったんだよおおおおおおー!」

 俺の想いをしれっと受け流し

「王ちゃんって、いつも『過剰・・』なほどに反応するよね」

「ほんと、王ちゃんって『味付け濃い』よなあ、ほんと、楽しませてもらったよ」

 さもおもしろおかしく答える様子が不真面目すぎて血管がきれ、そうだ。

「でもなあ、だからこそ、『人間』そして『作家』に感情・・は必要だ」

「そう、思えた。ありがとう」

 いきなり褒められて唖然あぜんとする俺、中庸に言われた一言が蘇る。

『感情で書くな』

 目の前のヨシナリさんは180度違うことを言っている。ソレが何故か新鮮で、救われた気がして、俺は泣いていた。

「うっ、うっ」

「いい、面になったじゃねえかあ、王ちゃんよお」


「これで試験は終了だな」

「へっ?」


「やっと全てを託せる相手・・を見つけた」

 ヨシナリさんはそう言って、心からの微笑ほほえみを俺に向けた。


 そしてすぐさま、ヨシナリさんの目つきが変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る