【第13話】 報われない作者とメシアを求める読者の闇のマッチング空間(世界の果て=ブンシュの海の底 の古書店にて)

――ここ、どこだ? たしか、俺、中庸を殺そうとして……?

 頭が、いてえ。でも間違いなく俺はどこかの異空間に飛ばされたのだろう。だって、ほら、……薄い日差しが差し込む、うっそうとした林を思わせる店内、静まりかえった空気、カチコチと時を刻む古時計の音だけが空間を支配する。まるでとき彼方かなたに忘れ去られたかのような場所。……そこは古本屋だった。妙にレトロで時代錯誤じだいさくごはなはだしい店内に客は独りもおらず、店の奥に目つきの悪い若者が鎮座ちんざしているだけだ。

「時の……狭間はざまか」

「いえ、人は居ます。そして客はちゃんと来ます」

「……あなた以外にもね」俺のつぶやきに過剰に反応した店主が店の奥から声をかけてくる。というか店主は本の壁に囲まれていた。なんだかシュールだ。

「私は、くすのき 元重もとしげ。この古書店の代表を務めております。おや、そろそろですかね」

 くすのきが告げると同時に古書店内の空気が重くなる。いつの間にか店内に男が一人出現していた。

「この男は作家になれなかったサッカの一人、著書にて自らのいじられ役の体験を凝縮ぎょうしゅくさせた。自らが描いたいじられ役の必要な世の理不尽りふじんを最も届けたい読者に届けられなかったことがどうしても心残りでこの空間に留まることなった語り部の一人です」

 淡々と語る楠。

「そして私は彼に『出会い』を提供する。最高の読者、彼の思いを最も理解してくれる『救済者メ・シ・ア』との出会いを」

 楠の祝詞に誘われるように客がふらりと来店する。表情は明るいが、どこかオドオドした子鹿のような雰囲気をまとう少年。

「彼です彼、あの少年はいじめに悩んでいた。というより『自分がいじられ役』なことに悩んでいた。いつもいつもいじられてばかり、救われない日々、ある日テレビを見た少年はさんざんかわいそうなくらいにいじられている芸人の姿を見ます。『でもこの人達はお金をもらっているんだよなぁ……それに比べて』自らの境遇きょうぐうを重ね合わせる少年、そうだ、これでは無料奉仕むりょうほうしではないか。こうやって消耗しょうもうされて、捨て置かれるんだろうなあ……ますます沈む精神、彼の心は決壊寸前・・・・であります」

 おもむろに立ち上がった楠はオペラの語り部のように朗々ろうろうと語る。

『おいで、おいでえ』

 作者の男が居る本棚にある一冊が妖しく光を放つ。少年は虚ろな目でその本を手に取り、一心不乱に読み進める。そして涙する。

共感・・、しました」

 少年の一言に作者の男もまた、涙していた。

「ありがとう、救われたよ」

 そう言い残して、作者の男の姿は光の粒子となって消えていった。

「こちらこそ、救われました。僕は一人では無かったんですね。勇気を貰いました」

 作家の最後を見送った少年は憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔で店を後にしていく。

 少年を見送った楠は得意げに俺に語り始める。

「ねっ、最高の『出会い』でしょう?」

「この店は人を『呼び寄せ』ます。それは本自体が呼ぶのです。というより、本に宿った作家の執念・・と言うべき物でしょうか?」

「そして、そのおかげで、当人は救われ、また、本も救われるのです」

「物語を書いた作家と読み手との一期一会いちごいちえ。それも最高・・の出会いを演出しているのが私です」

「物語は、そして作家は、物語を真に欲するただ一人を救えればそれでいいのです」

「ここはブンシュの海の底の。求められなかった物語が集積していく墓場・・。だがそれらは読者との幸福な出会いを提供できなかったゆえ不幸・・だと思います。『どんな物語も人一人を救う力を持っている』ことだけは確かなんですから」

「大多数に何となく伝わるよりも、ただ一人に心の奥底まで染み渡ることこそ物語の本懐・・

「そして作家も己の物語=心の真の理解者を探している。自分を理解して欲しいと思っている」

「本当に作家って自分勝手・・・・な生き物ですよね」

 楠の勝手な物言いに俺は思わず反論していた。

「でも、それでも、たくさんの人に認められたいって想いは分かる」

 楠は心底理解できないという風に返してくる。

「なんで全てに認められようとするんです? ……一人救えればじゅうぶんでしょう?」

「人間は……作家は欲張りなんだよ」

「はっ、ははははは」

 心底人を見下した人間がまとう雰囲気を全開にして、楠は失笑・・していた。

「私はこの廃棄処分場はいきしょぶんじょう管理人・・・、書き上げたんなら、とっとっと成仏すりゃあいいものを、ほんとーに、人間ってやつらあ、創り続けることにこだわりやがる。物語は一人一冊でじゅうぶんだろうがあ、一冊書き上げたらとっとと死ねや」

 楠がギロリと俺をにらみえて

「お前もな」

 さらりと言い放つと

「この古書店のコレクションにして差し上げましょう」

 俺の首をひっつかんだ。

「やめろ……俺はまだ、満足・・してねえ」

「貴方達、作家のごとは聞き飽きました」

 楠の冷ややかな視線が射殺すように俺を捕らえて放さない。『まずい……殺られる』あきらめようとしたその時、パリンと弾けた音を響いたかと思うと空間が霧散むさんする。辺りは暗闇に包まれ、一筋の光が差し込む。

「こっちだ、手を伸ばせ」


 懐かしい声音こわねに誘われるように俺は光に手を伸ばした。

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