【第11話】ヤスフミとヨシナリの青春時代4《童話の現実は残酷だ》ミサキ先輩が小さい頃の話の真実(※中庸視点)

――――生まれたばかりの我は一人の人間の物語を喰う様に言われた。どうやら我は能力値が突出しているらしい。というよりそうなるようあらかじめ調整されて作られたみたいである。どうやら『幹部候補』というやつらしい。そして我に宛がわれた人間は作家(どうやら、幹部候補は作家から物語=魂を回収するらしい)だった。彼は子供の頃、失ったたった一つの台詞を生涯をかけて取り戻そうとする生き様には凄まじいとさえ思った。我が人の時代に達した狂気・・などかすむくらいに。我はその人間に興味を持ってしまった。故に過ちを犯すことになる。……物語=魂を回収する前に姿を現してしまったのだ。


 突然、現われた我に臆すること無く、彼は言った。「やっと……来たか」と。

 そして彼は我に物語作りのなんたるかを一から丁寧ていねいに教えてくれた。

 そして月日は流れていった。

「お前は私の一生を物語にするために来たって訳か……悪くはねえな」


「いつまでもお前じゃ呼び辛いし、名前をつけるとするわ。今日からお前は『中庸ちゅうよう』だ。にはかたよらず中正ちゅうせいって意味が、ことモノツクリにおいては『ありそうでないもの』という意味がある。物語の探求者・・・として、これ以上の言葉はねえだろ!」

 あの方はゲハゲハと笑ったが、だが不思議と不快にはなら無かった。


「なあ、中庸。お前に頼みがある。一つ、私と孫娘に童話を書いてはくれねえか」


 我はあの方の望むままに兄弟の話を描いたのだ。

 童話を書き上げる傍ら、我は孫娘の相談にも乗っていた。

「ねえ、中庸さん。おじい様が私の名付けの理由を教えてくれたんだけど、ちょっと悲しくなって……おじい様、厳しい人だから」

「たしかに、これは……穏やかな話ではありませんねぇ」

「おじい様は私が生まれる前から私を作家・・にしたくなかったのよっ!」

 われの返事に感情をあらわにする孫娘。「だからこんな名前を」言葉の最後の方は泣きそうな声になっている。

 まあ、たしかに孫娘の名前を『七人ミサキ』から取るとはあの方も大層な御仁ごじんらしい。

「ですが、こうも取れませんか? おじい様はあなたの可能性・・・を信じているのですよ。呪いを打ち破って羽ばたくあなたの姿を」

「でも、私、嫌われてるのかな?」

「そんなことありません」と孫娘の疑問を否定する。

「それにこうも取れませんか? おじい様は作家という職業を本当に過酷と常々言っております。救いなど無いと。あなたを心配しているのです」

「おじい様が、私を、心配?」

「そうです」と力強く頷き、言葉を続ける。

「そしてもし作家になったのなら、他の作家をうらやみ苦しむこともあるでしょう。ですがそんな時でも、他人を呪ってでも救われて欲しい。作家のごうから解き放たれるのであれば。と」

「ふーん、そっか」

 どうやら孫娘は吹っ切れたようだ。そうだ。それでいい。我はこの娘に救いを与えてやることを良しとした。その方が絶望・・に染まった時の表情が見物だからだ。

「ありがとう中庸さんっ! ほんとっ、救われた気分」

 ひまわりのような満面の笑顔で礼を言う孫娘。いえいえこちらこそ、ありがとうございます。いずれその笑顔がぐちゃぐちゃにをたあーっぷりと堪能たんのうさせて貰いますので。


「……ねえ、中庸さん」

「ねえ、中庸さん。相談に乗って欲しいことがあって……」

 あの相談事以来、孫娘は頻繁にわれにつきまとうようになった。おかげで童話の進み具合は若干の遅れを呈することになったのだが、孫娘との日々は楽しかった。我を頼ってくれる仕草は捨てられて子犬のようで我の保護欲・・・被虐心・・・同時・・り立てた。見ていて飽きなかった。


 そしてわれは『人間』としての日々をゆっくりと堪能たんのうしつつ、普通の『人間』には話せないあの方からの様々な『想い出』を一手に引き受けていった。

 あの方は蔵から出た後、イトコのお姉ちゃんにプロポーズした(だが、そこには喜びも悲しみも無く、ただただ空虚くうきょな瞳が見つめていただけだという)。だがそれ以降二人は仲むつまじく暮らした。文章というかラブレターじみた物語を父親が出版社に見せたところ、空前の大ヒットとなる。その後あの方は小説、随筆文と、中でも文章の美しさにこだわった。それはあの時聞いた声の発した『生命を感じる』というフレーズに囚われていたせいかもしれない。月日は流れ、やがて孫娘が生まれる。孫娘が生まれた日、天使たる我が舞い降りた。あなたはもうすぐ死ぬと。そして死ぬ前にあなたから色々教わって欲しいと神に言われたのだと。あの方は天使たる我に色々話した。自分のこと、作家とはどうあるべきか? 全てをこの自分にしか見えない天使に授けていった。その中で人間の弟子(たまたま拾ったヤスフミとヨシナリ)にも様々なものを伝授していった。そして孫娘が6歳になる頃、あの方はった。

「私は最後の言葉を探す旅に出る。中庸、私をあの海へ還しておくれ」

「……はい、先生」

 我は泣きながらにあの方をブンシュの海へと送った。

 そしてあの方は果ての無い旅に出る。……いつかこの海のどこかに漂っている、お姉ちゃんの心の欠片・・に出会えると信じて。


 そんな想いが我の頭の中に去来した。恐らくコレが我が主の望みなのだろう。とても美しい、綺麗・・なフィナーレだ。だがはソレを認めることが出来なかった。

代わりにわれの心を埋め尽くしたのは激しい『怒り』だった。


「こんなっ! 結末・・が認められるかあーーーー!」

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