【第9話】ヤスフミとヨシナリの青春時代3《童話の現実は残酷だ》ミサキ先輩が小さい頃の話(※ヤスフミ視点)

「――はあっ、はあっ、」

 私は全力で走っている。もう、あえないであろう先生の元へと全力で。

「まさか、先生が、先生に限って……」

 不安が収まらない。いくら身体が弱っていたとはいえ、こんなにも早くなんて。

「くそう、早くしないと」

 先生の奥さんからは「とりあえず来て下さい」との電話のみ。状況からしてあやしいところはあるのだが、先生を心配する心が勝った。


――そして到着した先生の部屋。そこは真っ赤に染まっていた。部屋の中央には部屋中の赤を吸い取って生えたかのように鎮座する骨と肉の塊、そしてその先に咲き誇った真っ赤な華のように彩られた人間の顔。先生の顔だ。

 部屋の隅には糸の切れた人形のように壁にもたれかかったミサキちゃんの姿。目は虚空を見つめて「さっかはこどく……こどく……こどく」弱々しいうわごとを繰り返している。

 そしてそこが己の舞台であるかのように部屋の中央、先生の遺体の傍で両の手を天に掲げ、俳優然とした仕草で語りかける中庸の姿。

「遅かったですねえ、この男の妻を使って呼び出したのに」

 本当に愉快そうに語る中庸に、もう、この存在とは、サッカどもとは相容れることは永遠に無いのだと悟った。

「おまえらはだ」

「まあ、そうなんでしょう」

「でも、がよほどひどい。こんな感情・・に振り回される存在・・。あなた方の不完全・・・さこそ化け物でしょう。とてもを満足させる物語・・を紡げるとは思えない」

「寝言は寝て言え!」

 私が殴り掛かろうとしたとき、場が暗転した。

「さようなら、もう会うことは無いとは思いますが」

 そしてその場には傷一つ無い綺麗な状態の先生の遺体と、壁にもたれかかったままのミサキちゃんが残された。

「あれは、夢だったのか」

 奴の居なくなった部屋で私は呟いた。

 今までのこと自体が夢のようにさえ思える。

 懐に手を伸ばして気付く。そこには奴に貰った碧い石が、ブンシュの海の結晶がしっかりと握られていたのだから。

 それっきり中庸は姿を消した。

 ミサキちゃんは事件の影響だろうか、中庸その他諸々たもろもろの記憶を、一切を無くしていた。あるのは祖父との幸せな一部の記憶のみ。私達のことも忘れ去っていた。


――先生の住居を後にする私達。もうここへ戻ることは無いだろう。

「いずれ意趣返しをかます」

 ヨシナリはそう言って聞かなかった。

 だが、私も同感だ。

「アイツ等に復讐する」

 先生の人生の終焉をけなしたアイツ等を、ミサキちゃんの笑顔を奪ったアイツ等を。

 だが同時にこうも考えていた。

「作家の孤独を救うことは出来ないのだろうか?」

 漠然とした思いは、私が生涯をかけて突き詰めるテーマとなったのだった。



 話を書くとき、先生はいつも独りだった。独りで悩んで、傷ついて、苦しんで……それが作家の宿命と先生は笑ったが、私は見ていられなかった。

 先生には奥さんが居た。だが、彼女は到底、先生が見ている世界に寄り添うことは出来ない。技術者の私はだからこそ、そういう存在を作ってあげたいと思った。……それが、文書ロイド開発の最初の理念・・だった。

 そう、文書ロイドとは『作家の孤独に寄り添う』為に作られた。故に人格(AI)搭載は絶対条件・・・・だったのである。

 だが、ここで方針は転換・・される。先生が無残にサッカというバケモノ(もとい神の使い=天使)に殺されたのだ。復讐に駆られた私は開発中の文書ロイドに神の使いと戦う為のシステムを組み込むに至る。そして、文書ロイドを使う者を真に神と戦う存在とせしめようとした。……たとえ、使用者が奴等、サッカと同じバケモノとなりはてようが、かまうものか!

 だが、ヨシナリの奴は違う考えを持っていたようだ。同じ復讐でも私とは着眼点が違った。ヤツは言ったさ。「そんなヤツラと同じバケモノになってまで勝ってどうする? 人としての誇りは無いのか?」と。そして彼は欠片を取り込み「私はサッカでありながら人として生きよう。それこそが意趣返しになる」サッカの力を宿しながら「私は人間の誇りを守る! 『人』として勝つ」とまで言ってのけたのだ。その時、彼と私の道ははっきりと分かたれたのだ。……方針の違いってやつだろうな。

 私は彼のように強くはなれなかった。サッカに酷たらしく殺された先生を目の当たりにして思わずにはいられなかった。『奴等を根絶やしにしてやる』と」

「その為には、神話の終焉、文字文化の崩壊さえもいとわない狂気を含む。記憶も記録もさせはしない。奴等の存在自体を許さない。

 欠片が手の中で光っている。

 この中にはヤツの言っていた【言霊ことだま】が宿っているのだろう。これを解析かいせきすれば、ヤツらに対抗たいこうできる兵器・・が作れるはずだ。ヤスナリのやつがうことで、バケモノになろうとしてるんだ!私はこれを科学・・で解き明かして、『』としてやる!

 そして私は『文子』を開発することに決めた。


「というわけで、だ」

「MUSTシステムは永遠に不滅です!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る