【第8話】ヤスフミとヨシナリの青春時代2《山×兄×弟 問題》ミサキ先輩が小さい頃の話(※ヤスフミ視点)

 ヤスナリ先生からの宿題としてミサキちゃんのために童話を作り始めた私達だったが、

「ねえっ、ねえっ、どんな話なの? ねえっ」

 ミサキちゃんが、かしましいくらいにまとわりついてくる。それが自分にプレゼントされるものだから尚更なおさらだ。というか、中庸ちゅうようがゲロッた。あいつバカ正直すぎるだろう。もっとこう、サプライズ精神とか無いのかねえ。

「それは秘密・・ですよ」

「いいもん、中庸ちゅうようさんに聞くもん」

 私が言葉をにごすと、すっかりヘソを曲げて中庸ちゅうようもる屋敷の奥の部屋へ行ってしまった。もういいか。二人でラブラブしていて下さいな。ああ、でも中庸への情報提供は制限しとかないとなあ。ほんとうにアイツ、素直にペラペラしゃべってしまいそうだし。

「おい、そろそろどうする?」

「そうだなあ、困ったもんなんだよなあ」

 ミサキちゃんが居なくなった頃合いを見計らって、隣の部屋から出てきたヨシナリが声をかけてくる。私達3人は今、各々が個別に童話の草案を煮詰めている段階だ。もう少ししたら、お互い持ち寄って一つの形にしていく。といっても、お題はほぼかっちり決められていて。

「兄弟の話だったよなあ」

「ああ、山に篭もって小説を書く兄弟。兄はこのまま一人で書き続けると山に留まる。弟はより様々な情報と読んでもらえる人々を求めて山を下りる。その後兄弟はどうなったか? だろう?」

「ほんと、かなり具体的だよなあ」

「ああ、多分、先生はこの童話を通して、作家はなんたるかをミサキちゃんに分かってもらいたいんだと思う」

「先生の遺志・・を伝える話……か」

「先生の体調もここ最近、あまり芳しくないからね」

 先生はすでにかなり高齢であり、最近本当に体調がよろしくない。まだ覇気を保っているものの、どこか無理しているように感じれて仕方がないのだ。

「やはり、無くした言葉をいまだに追い求めているのか」

「やはりそれだけが心残りなんだろうな」

「でもその相手とはもう、結ばれているじゃ無いか。他ならぬミサキちゃんのおばあ様だ。しかもまだ生きて、先生と一緒に住んでる。つーか今も完璧なオシドリ夫婦だよ」

「だから尚更許せないんだろう。あの頃の純粋な想いを一切無くしてしまったことが」

「『美しい文章』ねえ、私達では想像も付かない世界だな」

「まあ先生は『作家は後悔で書く』って言っていたしな」

「そこまでの想いがあるからこそ作家を続けてるんだろうな」

「ひたむきに、あきらめ悪く、あがく、それが先生が言う作家像だそうですよ」

「って、おお、中庸かっ」

「驚いたな、いきなり居るから」

「すみません。気配を消してしまってましたね」

 いつの間にか出現していた中庸に驚く私達2人。中庸は王子様然とした姿勢でミサキちゃんをお姫様抱っこしていた。

「中庸さん……えへへ」

 『一体、何したんだ?』という私の心の中のツッコミは余所に、中庸はすっかり夢見心地のミサキちゃんを丁寧に傍らに寝かせて、私達に向き直った。

「それでは、始めましょうか」

「ああ」

「そうだな」

 そして俺達は童話の打ち合わせを始めた。それは弟子3人の作家に対するスタンスの違いを如実に表わす討論の場となっていった。


「私は見識を深めるために飛び出した弟の方を支持するかな。やはり人は一人じゃ生きていけない、と言うわけでは無いが、読む相手あってこその製作者だろう?」

 私の意見は至極簡単。作家たるものというか、クリエイターならば、知識を吸収し自分のモノとする『勉強』が必要なのだ。その為に他者との交わり、つまりは情報収集は必須と言える。それに作った物は使ってもらってこそ、小説でいうなら読んで貰ってこそだろうと思うからだ。

 だがヨシナリの奴は全くもって思考から違っていた。

「うーん、やはり、山に残った兄を支持するかな? 製作者とは、もっと孤高というかストイックでなければいけないと思うんだ。話を創り上げる中で結局、頼れるのは自分自身だけなんだから」

 さらには「小説を書くというのは己を高める行為、ひいては『人間』を突き詰める行為であるはずだ。ならいっそ、他者は邪魔でしか無いんだよ。甘えてしまうからな」とまで言いやがった。もう、これは、絶句するしか無い。

「まあまあ、お二人とも、そう、熱くならずに、我の意見も聞いていただきたい」

 そんな私達をなだめるように中庸はありそうでなかった意見を述べる。

「我は、兄と弟は一緒に居るべきだったと思うんです。だって、ほら、たった2人の兄弟じゃ無いですか? 『共同執筆者』としてやっていけば良かったのではないでしょうか? ヒトリは寂しいですよ、やっぱり」

「ああ、そう言う展開もあるんだね」

「あるなあ、狭く考えすぎたかな」

 まあ、その意見を聞いてみて、私もヨシナリも目から鱗だった。本当にコイツは物事の本質を突くというか、間を取り持つというか、なんにしても。

「お前は不思議な奴だな」

「そりゃどうも」

 自然と言葉をかけていた。


 そして、ミサキちゃんの誕生日の日、答え合せが行われた。

 結果としては、中庸の結論が採用になった。

「弟は兄の元を離れた。だが、それっきり兄と弟は会うことは無かった。でもコレじゃあ駄目だった。そう時折会っていれば良かった。離れててもいい、一緒に話を創れば良かったのだ。『共同執筆者』として」

 堂々とした中庸の説法がやけに目を惹いた。

 説法を聞いて、先生は満足そうに頷いて、ミサキちゃんは天啓を得た信者の様に目を輝かせていた。そして中庸は

「ああ、貴方達にもプレゼントがあります」

 私達2人に小さな結晶を握らせた。

「これはブンシュの海に満ちている要素を結晶化させたモノです。言葉・・具現化・・・させる魔力マリョクのようなものが宿っています。あなたたちの概念がいねんにあてはめるなら【言霊ことだま】ですかねぇ。これを先生から貴方達に渡すように頼まれていました。お二人の結論も非常に面白いと思います」

 中庸に先を越されて悔しい気持ちもこう言われてしまっては、元も子もない。

「そりゃどうも」

「まあ、もらっておくかな」

 照れくささを隠すように私達二人は彼からの絆の証を受け取った。


 だが、私は気付くべきだったのだ。中庸のその全てを悟った瞳の奥に潜む狂気を、所詮奴は化け物だったのだと気付くべきだったのだ。


 だが、後悔してももう遅い。この誕生会のすぐ後に先生はむごたらしく殺されることになる。他ならぬ中庸の手によって。ミサキちゃんの誕生日は血に染まった。

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