【第18話】責任をとることはもっと地道で全うな道(メイが『サッカ』に転生したワケ4)

 ちなみにこの話には後日談がある。


 あの声明・・以来、はペンネームを『メイ』と改名・・初心・・に帰り、アマチュアとして小説の作成と投稿を続けていた。


 当然、賞に受かるなどと言うことも無く、ただただストイックに小説・・を創るという行為を通して自分と向き合い続けていた。


 つらかったがそれでも体は書き続けた。

 もうそれは本能とでも言おうか、話を創りたいという欲求が、お金が欲しい、彼女が欲しいという俗欲ぞくよくを差し置いて一番に在るのだ。

 賞に受かる受からないはあくまでその先にあるおまけに過ぎない。


 あとは『仲間・・』がいたことも大きかった。

 アマチュアとしての投稿生活が数年続いていた折り、編集部から突然連絡が来た。

 最近本当にから作品が送られてきたのだという。

 喜びで勇み立った私は連絡を受けてすぐ編集部へ向かった。


 宛先は獄中からだった。

 彼はあの声明以来、毎日・・のように書いているらしい。

 私は編集者から渡されたおそらく彼のがこもった作品・・を奪い取るように受け取った。

 そしてむさぼるように作品・・を読み尽くし、あふれる想いを詰めに詰め込んだ感想・・と彼への『エール』を獄中の彼の元へ送った。

 感想を書く時、声明・・の際のコメント書きより緊張したのもいい思い出だ。

 そして編集部に送られてきた彼からの返事・・の書かれた手紙。

 そこには私から感想・・をもらって大層・・喜んだこと。

 これからお互い切磋琢磨・・・・していこうという獄中からの『ライバル宣言せんげん』が書かれていた。

 ちなみに彼のペンネームは『アン』。

 に対する対抗意識・・・・がひしひしと感じられて悪い気はしなかった。

 そしてそれからは編集部を介して彼と私は手紙及び作品のやり取りをする仲になった。

 だが彼は終身刑・・・を言い渡されている。

 すでにこの国では終身刑が採用されおり、死刑・・は消えたが、彼は外で作家として活動することは出来ない。

 それでも彼はことあるごとに様々な作品・・を編集部(というより私個人・・)へ送ってくれた。

 私も彼に負けじと書いた作品・・を編集部から獄中・・の彼の元へ送ってもらった。

 私も彼のことをライバルという、かけがえのないとして認識・・していた。

 そしてライバル宣言の通り、お互いをシゲキし合い高め合っていった。



 そんな関係が十数年続いた頃、私はすでに還暦間近・・・・という年齢に差し掛かっていた。

 突然の編集部からの連絡に胸騒ぎがした私が足を運ぶと。

 私にとって耐えがたい現実・・が提示された。


 ……彼が亡くなったのだそうだ。一生で一番、感情を共にしたを私は失ったのだ。


 その場で人目もはばからず号泣する。

 そうすることでムリヤリにでもこの耐えがたい感情の渦を少しでも処理しようとしていた。

 そんな私の前に彼の最後・・の作品と手紙が提示された。

 当時の編集長は無言で私に手渡した。

 その目はただ読めと、彼の思いを受け止めろと訴えていた。


 手紙には彼の思いがつづられていた。

 私の賞の当選を心から喜んでくれていたこと(私は最近、『春夏秋冬賞』を受賞した)。

 そして、私の受賞に刺激・・されて、人生最後の話を書くことに決めたこと。

 彼は末期がんで余命半年・・・・と告げられていたが、感情・・あらぶるまま、わずか二月ふたつきで作品を完成させたこと。

 彼の最後・・の作品は私が彼に最後に贈った作品の続編・・だと(受賞作はしくも私が彼に最後に送った作品だった)。


「本当に久しぶりの快作・・だ! お前には勝ったな!」


 彼の生きのいい宣戦布告・・・・の文章を見て、本当に、本当に涙がとめどなくあふれた。

 人生最後の涙というほどに。

 そしてそのままその場で彼の最後の作品を読破した。



 読破後、編集長が刑務所職員から聞いた話をしてくれた。彼は最後の作品と手紙を書き上げた瞬間、やるべき事を果たしたかのように、ゆっくりと安らかに息を引き取ったのだという。

 その話を聞いた私は読破後の余韻よいんも重なって、彼の最後の作品を受賞し刊行された作品の続編として私と彼の連名(ペンネームは『明暗(めいあん)』とした。実に私達らしい名だ)で出版できるよう編集長、編集部に掛け合い理解をしてもらった。私も本当にこれで『一仕事終わった』感じがした。


 余韻よいんに包まれて帰宅した私。アマチュアでも作家を続けると決めた日から、最後は一人で死ぬと、小説以外は必要ないと決めたので、部屋は至って普通の狭いワンルームの安アパート。

 でもそれで十分。

 だがそこにいるはずも無いモノがいた。

 泥棒かと思ったが背中に翼が生えている。

 ……「天使・・?」そう思って天使と目が合った瞬間、不意にいいようの無い動悸どうきににおそわれ倒れ込む。


「オイ、お前なんであの時サッカにならなかった?」


 他人と言うにはやけに親近感しんきんかんの感じる天使の問いに私は平然と答える。


「声明の日、獄中の彼のことを想って泣いた日のことだね。あの時、自分の前に現れた『あおウミ』に飛び込まなかったからでしょう」


 無言で頷いた天使は言葉を続ける。


「そうだ、お前は何故・・飛び込まなかった。あのコメントを掲載した後、自ら死んで責任を取ってかつ獄中の彼に強烈なメッセージを刻みつけたかったんだろう?」


 天使の言うことは何かにつけて的確・・だ。

 まるで全てを見てきたかのように。


「まあ、最初はそう考えていた。私の死を持って、彼が本当に作家として目覚めてくれたらいいと。でもそうじゃないと考えた」


 恐れず真面目に答える。

 天使の肩が震えた気がした。



「責任をとるって、もっと地道で全うな道だと思ったから」



 天使は私の言葉を黙って受け止め、やがておもむろに口を開く。


「ちなみに彼は『あおウミ』に飛び込んだぞ。お前はどうする?」


 天使と目が合う。ヒトミには期待の入り交じったさびしそうなヒカリが宿っていた。


「私は行かない」


 告げた。

 驚くほど簡潔・・に言葉が出た。


「フッ、そうか」


 吹っ切れたように天使は優しく笑った。

 それは面会の時に見た彼にどこか似ていて、……そして私は全てを理解・・した。


「やはり私は死ぬんだな」

「そうだ、寿命・・ってやつさ」


 その言葉の後、驚くほどあっさりと倒れ込む私の身体。

 悔いは無い。

 最後に彼と共同・・でやっとこの世界・・足跡・・を残せたのだから。


「やっと引き継ぎ完了だな」


 私はきびすを返した天使の背中に向かって呟く。


「やっと心残りが消えたなアン」

「オレの想いは複雑・・だ。また一人になってしまった。寂しい。それに勝ち逃げは許さない! ……それこそ本当に寂しいからな」



 最後・・に消えゆく意識・・の中、もう一人現われた天使・・との会話が頭に木霊こだましていた。

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