【第7話】『たった一人』を不幸に貶めるための執筆(『ミツバチ』が『サッカ』に転生したワケ=『ミツバチ』の記憶1)


――――どこだここは……自分確か、死んだんじゃ無かったっけ?


 ん、コレは恐らくこの『ミツバチ』の視点・・だ。



「クソつまんねーわあ!」

 自分の創った小説を見せていた上司の嘲笑ちょうしょうと共に放たれた言葉。


 ……自分の中で何かがはじけた。



絶対・・に面白いって言わせてやる。自分の話以外・・・ではいられない身体・・にしてやる!』


 相手をつぶさに観察・・してヤツ好みの話を練り上げるしか無い。

 徹底的・・・監視・・して表情一つすらすくらさないように。


 そしてネット上で俺はそれに最も『適した』ソフトを見つけた。




有限会社 MUSTシステム 読者監視ツール

覧子らんこver.0.75』

※本製品は試作品の為、対象は一人に限定されます。また、文子ふみこ等で搭載とうさいされていた人工知能じんこうちのうはありません。対象・・の表情を読む技術は独力・・習得願しゅうとくねがいます。




 ソフトを習得・・し、自分のPCのエディターに登録・・

 するとPCにメールが来た。



有限会社 MUSTシステム 読者監視ツール『覧子らんこver.0.75』について補足・・

 本製品は非合法ソフトです。このソフトを使用した際の責任関係は全て利用者・・・に行くように設定・・されています。ですのでこのソフトを使い、社会的立場の失墜しっつい等を覚悟してまで目的を達したい方『だけ』ご利用下さい。 


  利用 する・しない




「利用するっと」

 メールの返信フォームに入力を済ませると、ソフトが起動する。


 監視対象の電話番号またはメールアドレス入力を求められ入力。さいわいヤツの連絡先・・・は、仕事上の関係・・把握・・している。迷わず入力。


 最近、ネット小説はスマートフォンで見られている。


 このソフトは一種のウイルスを対象者のスマートフォンに感染させ、カメラ機能を乗っ取る。自分撮影機能と連動し、リアルタイムで監視対象が小説のどの部分を読んでいるかをエディター上に表示させる機能を有していた。ちなみにアイトラッキング機能(目の動きをカメラが読み込み、ページ移動等を行える機能)が搭載されたスマートフォン限定だが、ヤツは新しもの好きなので持っていた。


 と、添付されていた詳細なソフトの仕様書を紐解ひもとくと記載・・されていた。

 また、表情を読む技術は、最近ドラマと本でかじっていた人の微細びさいな表情を読む技術・・(表情で人の嘘を見破る技術)を応用して使用した。


 面白いように、物語を読む最中のちょっとした仕草からでもヤツの感情・・がリアルタイムで手に取るように分かった。


 自分の小説に病的・・にはまっていくヤツを見て、おれは嫌らしい笑みを浮かべる。

「ひひひ、お前の思ってることは筒抜けだ」

 思わず言葉が出るほどに、自分はヤツの嗜好しこう掌握しょうあくしていた。そして自分の物語で翻弄ほんろうする。

 こんな楽しいことがあろうか?


 空腹も何も気にならない。

 ただただ欲望・・のままにヤツが望む話をすすっていく。


 昔読んだマンガでこんなシーンがあった。

 古代中国、麻薬・・入りのおかゆを主人達家族に振る舞うの料理人。

 親夫婦は虚ろな目をしておかゆをすすり、土地、建物、全てを料理人に差し出していく……。

 娘は最後まで抵抗・・するも、一度食べたおかゆの魔力に抗えず、我慢するも絶叫・・する。

 そして料理人の主人公はその光景を目の当たりにしてブチ切れる。

「料理はそんなことの為にあるんじゃ無い。人を幸せにするためにあるんだ」 

 と。……だが、自分はあえてそこを『目指・・す』。

 いいじゃないか!

 最高だよ!

 これこそが自分が求めるイメージそのものだ! 


 ただ一人の人間を不幸のどん底に落とし続けるために俺は物語を調理・・し続ける。

 ……あとは耐久力勝負だ。


『もう、あなたの話なしではいられません。仕事もやめました。ずっと家に引きこもってます。はやく続きを下さい。はやく……続きを……』

 届いた感想を一瞥いちべつした頃に話の続きが完成した。

『あっはああああーーーー!』

 ヤツの歓喜・・の声、あるいは断末魔・・・か……。

「こちらとあちら、どちらが先に果てるか見物だな」

 俺はキーボードを高速でタイピングしながらほくそ笑む。もはや表情を読む必要さえ無い。

 ヤツはもう、自分の話なしでは鼓動さえ出来ない。

 自分だって鼓動こどうするように現在進行形で物語を紡いでいっているのだ。

 途切れさせはしない。

 ヤツが物語の世界から現実・・に帰ってくることを許しはしない。



 そしてヤツはほんとうに部屋から出なくなって、ひたすら自分が創った話を待ち焦がれるだけの中毒者・・・となりはてた。

 そしてついにヤツは自分の話を読み続ける途中で命を終えた。

 死因は恐らく脱水症状。


 そして気がつけば自分も死んでいた。だってそうだろ。ヤツの読書スピードに合わせよと思ったら、こちらも不眠不休・・・・かつ食事もほとんどらずに執筆し続けるしか無かったんだからさあー。

 でも、不思議と心地いい。奇妙な達成感さえある。




 そして自分はブンシュの海にまれ、『サッカ』の一人・・となった。

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