【第13話=第一部最終話】『サッカ』撲滅への誓い(手負いの狂犬をなめるんじゃねえゾ)

――――ビジョンが晴れた後、猛烈もうれつおそう。


 いた。

 盛大せいだいいた。

 その場でいた。

 もう嫌だ。


 こんなにもヒトココロっておぞましいものなのか?

 純粋じゅんすい悪意ア・ク・イとはコイツのことだ。

 しかもコイツの悪意アクイを感じていると自分の持ってた悪意アクイ拡大かくだいされていく気がする。思わずつぶやいていた。


「おぞましい、おぞましい、なんだこれは、悪意あくいだ、悪意あくいだ、悪意あくいだ」


 怒りとも、悲しみとも、恐怖ともいえない、更に巨大になった『負』の感情が心を埋め尽くす。そしてすぐさまあっけなく決壊けっかいする。


「だあーーーーー!」


 すさまじい奔流ほんりゅうがそのままさけびとなって押し出される。


「よくも! 思い、出し、ちまった、じゃねえ、かあーー!」


 激高げきこうした中庸ちゅうよう口調くちょうさえくずれたさけごえ全開ぜんかいにして特攻とっこうしてくる。

 だがそんなの関係ない。

 もうすでに俺は飛び出している。


「ああああああーーーーー!」


 感情かんじょうに押し流されるように激突げきとつしていく。

 ……しかし結果はあきらか。

 地面にいつくばる俺。

 見下みおろす天使達。

 カミ使つかいのチカラはハンパではない。

 何が起ったのかさえ知覚ちかくできなかったのだ。


中庸ちゅうよう感情かんじょうをむき出しにするなんてひさしぶりだな」

「僕たちは『構成こうせいサッカ』君たち人間に対する絶対的な支配権を持つ。若造わ・か・ぞ・ういきがってんじゃないよー。ねえ、中庸ちゅうよう?」

「アンは相変わらずの毒舌どくぜつっぷりだな。まあ、スマン。色々と取り乱した」

 対する天使達は余裕で軽口かるぐちをたたき合っている。

 だが、「さて」というどの天使かのつぶやきの後、場の空気くうき一変いっぺんする。


「コイツは危険キケンだな」

「そうだね、消しちゃおっかっ」


 さっきの動揺どうよう一転いってん、明らかな殺気さっきまとわせる……左右にいたメイとアンという天使。


「たしかに感情かんじょうで何かを成す者を認めるわけにはいかない。処分しょぶんする」


 さっきの殺気さっきがウソの様、感情一切・・欠落けつらくさせた声音こわね死刑宣告しけいせんこくをする中央の中庸ちゅうようという天使。


「……今度こそ駄目ダメか……」


 全てをあきらめた俺の頭上でピシリとした音が聞こえた気がした。




「ちょいと、ごめんよ」


 そして空間くうかんけたと思うと和服を来た壮年そうねんの男が乱入らんにゅうした。


「コイツの身はしばらく私があずかるかな」


 軽い口調くちょうでそのをいなすと、俺と文子ふみこを抱えてもと来た空間の裂け目に飛び込んだ。天使を振り切り、俺達は脱出だっしゅつを果たす。






「おまえが、おまえが、オマエがあああーーー!」

 あの空間を抜けた先で俺は何度も何度も文子を殴っていた。もちろん全力・・でだ。


「もう、止めろ」

 壮年そうねんの男が俺の手を押さえる。

 すさまじい力なのだろう。

 俺の腕はピクリとも動かない。

 俺は文子の顔を見る。

 その顔は無残むざんにひしゃげていた。

 さっきまで忘れていた先輩の身体に暴力・・はたらいたという事実・・が俺の心を覚醒かくせいさせる。


「コイツは、コイツは先輩をころした。に……ころさせたんだ」


 最後は嗚咽おえつと成り果てた声に男は冷酷れいこくげる。

「きみ『が』殺したんだ。みずかららの欲望・・のままにサッカとなることで」


 現実・・というくさりはたやすく俺の心を束縛そくばくする。

 そして思い出という『』へと俺をさそう。


 俺は先輩に甘えすぎたのかもしれない。

 なにかと『孤独こどく』になりやすい『作家さっか』。

 一般女子にはなかなか理解されない『モノガタリく』自分・・を認めてくれている。

 それだけでも貴重なのに短い間だが苦楽くらくを共にしてきずなが生まれた。

 何でも分かってくれていると先輩にりかかりすぎたのがいけなかったんだ。ココロも『一つになりたい』と思った時点で結果はもう見えていたのかもしれない。

 ……後悔こうかいしてもきりがい。

 ただ一つ確かなのは先輩はもう戻っては来ないという確固かっこたる現実・・だけだ。

 たとえ容姿ようし仕草しぐさ記憶キオクまでそっくりな『ダレカ』がとなりにいたとしても。


「大丈夫かね? ピョン吉くん」

「おい! 文子。先輩を真似まねて話しかけるなと言ったろ!」


 苛立いらだたし気にてる俺。

 となりの『ヒトカタチをしたカタマリ』がいくらわめこうとも、先輩たる『全て』の要素を持っていたとしても、もうコレは先輩ではい。


 鮮明せんめいに覚えている。

 確かに先輩を、先輩という『存在ソンザイ』をった感覚カンカクを。


「すみません、マスター。少し思考性しこうせいのテストを行おうとしたのですが」

「そんな、必要は無い。ただただ不愉快・・・だ」


 文子は俺に気をつかったのだろうか?

 先輩の全てを乗っ取った文子に俺はただただ苛立いらだちをぶつけていく。




 一連の事件を通して、俺は達観してしまった。

▼【サッカ病 人生を、人の生き死にを『物語モノガタリ』としてとらえてしまい、全ての物事ものごとを『パーツ(あくまで物語モノガタリを作る上での〈要素・・の一つ〉)』として考えてしまい、一切の感動を覚えない。絶対零度ぜったいれいどひとみ。まさに『不感症人間ふかんしょうにんげん』になってしまう】▲

 をわずらったとでっち上げても通じそうだ。

 それでいて耐えがたい喰欲しょくよくヒトココロらう衝動しょうどう)にはあらがえない。


 だが、先輩をった(自分にとって『極上ごくじょうヒトココロ』をった)あの日から、『ヒトココロわない』とちかいを立てる。


 先輩のココロ以上の美味びみは存在しないとさとったという意味合いも大きいが。


「なあ、文子。お前は『社畜しゃちく』か? それとも『カミ使つかい』か?」

「どちらでもありません」

「じゃあ、お前は何だ?」

「あなたの彼女・・です」

「ふっ、……笑えねえ」


 気の抜けた俺は大笑い。

 そしてとつとつと自分語じぶんがたり。


 俺は文子のこの物言ものいいにも慣れてしまった。

 というよりやはり文子は得体・・の知れない『そうゆうモノ』として扱うことにした。もしくは俺のココロがもう、人からはずれてしまったからだろうか?

 だが相変わらず『喰欲しょくよく』は俺の身をさいなむ。ならすることは一つしか無い。



「で、君はどうする?」

 聞いてくる壮年そうねんの男に対して俺が放つ一言は非常にシンプル。

「アイツサッカを討伐とうばつしに行くぞ。文子ふみこっ!」

 無言むごんうなずく文子。


「お前にかえ場所ばしょまれ故郷こきょうさえも必要ひつようない。俺以外・・の全てをうしなえ。これは俺の『たり』であると同時・・に、おまえ自身がしでかしたことの清算・・だ」


凄惨せいさん清算せいさんですね」

「言ってろ、クソ野郎やろう


 長い間、った名コンビのように軽快けいかい台詞セリフ応酬おうしゅうをするおれ文子ふみこ、その状況自体・・・・可笑おかしくてたまらない。


 思わず邪悪じゃあくみがこぼれる。

 そう、それでいい。

 おまえはずっと俺にしたがうのだ。


 サッカが途絶とだえるそのまで。


「クッ、ククククク」

苦食酌喰繰ククククク


 感情豊かな『変換へんかんミス』をしながら俺に追随ついずいする文子。しばらくは退屈はなさずに済みそうだ。


「まつがってますよ。あなたはなないし、わたしなすません」

 くるいっぱなしの語調ごちょうで文子が痛痛いたいたしいフォローをしてくる。どうやら俺の至高しこうなる思考しこうは文子に筒抜つつぬけらしい。なにはともあれ俺達は、サッカ共を撲滅ぼくめつすることに決めた。


「……もう、あなたは話をつくることはありません。ひたすら物語モノガタリウミおぼれてくだけ。それこそが私の復讐・・。私のおもいをまなかったあなたへの……フフフ……負不腐怖フフフフ




 文子の声が聞こえた気がした。だが、その言葉・・の意味を欠片かけらも理解できないほど、俺の意識イシキは怒りににごっていた。

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