【第12話】中庸が『サッカ』に転生した理由(人が『外れる』のはわりと簡単です)

――――同じ職場の先輩と話す機会があった。このおっさんにはくさえんで良くギャンブルにつきあわされる。やりたくもないのに。


 金が無い、金が無いっつー先輩は、白血病はっけつびょうの母親の面倒を見ていた。給料の半分ほどを家に納め残りのお金でギャンブルばかりしていた。


「でもなあ、『はずれ』ちゃなんねんだよ。ギャンブルは一度にある一定の額以上をつぎ込むと戻ってこれなくなる。その先は破滅はめつの世界だ。まさにカイジってやつだよ」


 まだ就労してるだけマシと先輩はケラケラと笑った。どうようもない人だったが、何故かその『はずれる』という感覚かんかくは好きだった。

 そして自分も『家族が大切』という意味では共感が持てていたから。中学時代、家の雰囲気が心地よかったから自分をいじめている相手を殺すのを踏みとどまれたし(あっ、ここで殺すと家族が悲しむなあ。迷惑かけるなあという本当にささいな気付きであったが)。


 でもそんな感覚かんかくが今の自分には本当にうっとうしくてたまらない。自分は作家さっかになりたい。でもそのためにはいい具合ぐあいに『はずれ』なくてはならない。

 当然だ。作家なんだから、読者は『普通ふつう』の人間ニンゲンナニも期待しない。

 普通ふつう人間ニンゲンが作った話になど価値カチは無い。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 ミステリー……つまり殺人事件を扱った物語が多いのは、殺人さつじんが一番身近な『非日常ひにちじょう』つまり『はずれた世界せかい』だからだ。


 そうだ、人をころせばいいんだ。


 そうすればいい具合に『はずれる』ことができる。

 自分は実行に移そうとした。

 だが、ためらった。

 中学の時に得た感覚カンカクだ。


 自分が人を殺せば、家族に迷惑がかかることになる。

 相手先の家族親族から慰謝料など金銭面の負担があるだろうし(かといって相手先の家族親族まとめて『皆殺みなごろし』ではスマートではい)、今の立場(両親は先生だし妹は銀行員だし)も追われるだろう。

 そしてそういう迷惑をかける状況を想像すると殺人さつじんしようとする自分じ・ぶ・ん意思イ・シが止まってしまう。

 これじゃあ、だめだ。

 じゃあどうするか?

 答えは本当に簡単カンタンだった。


 自分の家族を『先にころせば』いいのだ。


 数日後、先輩がなんか愚痴ぐちってきた。

「もう、だめだあ。金がなくなったー! もうサラ金で借りるしか、『はずれる』しかない。どうしよう」

 頭を抱える先輩に自分はさらっとあっさり答えを示す。

「先輩のお母さんを殺しましょう。これでさらっとあっけないほどに『はずれ』れますよ」


 先輩は絶句ぜっくして、何言ってるんだと口をぱくぱくさせている。


 もういい、『家族以外・・・・』はコイツにするか。


 自分はスタンガンで先輩の意識を奪うと山奥の廃屋はいおくに連れ込む。

「そうだな。『家族・・』には遠慮して一番安らかな死に方にしたから、『他人・・』にはより凄惨せいさんなやり方を試してみるか。面白い。ソレで自分ジ・ブ・ンがどう『はずれる』かだな」

 興味は尽きない。

 とりあえず生きたままツメを全部いでみるか。


 『初心者拷問ごうもん講座』という本を片手に全身を床に貼り付けにした先輩に向けて即席で作った道具をもとに処置・・を行っていく。

 地面をつんざくような絶叫が響いた。


 なんか、あんまり綺麗キレイな声じゃ無いな。

 やっぱり美少女にするべきだったか。

 まあいいか。

 とりあえずコレでいい話が書ければ。


 先輩を殺したあと、解体・・した死体・・を美術品を愛でるように眺めつつ、自分はあえて手書きで(やはり感情かんじょうをダイレクトに表すには手書きが一番。筆圧ひつあついきおい、全てがそこに出るから好きだ。習字をでる性質と似ている)物語モノガタリを書いていた。

 これで、よりよい物語モノガタリが紡げるといいんだけど。


「あなたの文章ぶんしょう素敵すてき、でもからすぎかも。胸焼むねやけしそう。でもべたい」


 そこに見慣れない声とともに奇妙きみょう空間くうかんが広がっていた。その空間くうかんは今まさに自分をおうとしているように感じた。


 まあいっか、ってもらおう。

 それでより存在ソンザイになれるのなら。

 より物語モノガタリつむげるのなら。


「どうぞ、ご賞味しょうみ下さい。つたない文章ぶんしょうですが、あなたのおくちえばさいわいです」


 おのれの料理を説明するシェフのごとくうやうやしくこうべれて挨拶あいさつする。

 すべからくべてもらおう。

 …………全てを。



 その後、あお奔流ほんりゅうつつまれたかと思うと、自分の意識イシキは果てしないあおうみへとけていった。

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