【第11話】『サッカ』への呼び声……だが断る!




「ああああああああああああーーーーーーーーーーー!」




 絶望ぜつぼう後悔こうかい恐怖きょうふさけばずにはいられない。焦点しょうてんの合わない目で天井を見つめ、その彼方先かなたさきにあるテンに向かって咆哮ほうこうする。教室の中、自分の身体の数メートル前で、まばゆい光が炸裂さくれつし目の前には三人の羽の生えた青年達。おそらく天使だ。


覚醒かくせいしたか? ……でも様子が少し変だな。メイ」

 中央のリーダー然とした天使。体格たいかく中肉中背ちゅうにくちゅうぜい、正に平均・・


「気をつけた方がいいだろうが、所詮しょせん人間ニンゲンだ。何も出来まい。そうだろうアン」

 横柄おうへい台詞せりふく右の天使。ヒョロッとした長身。

「僕はそうは思わないなあー。楽しそうな奴じゃん。人間ニンゲンの可能性を信じようよー」

 ノリノリで話す左の天使。言葉通り小柄で子供っぽい。

 早速、真ん中の天使が歩み寄ってくる。


「まだ貴殿きでんは、変化したおのれ整理せいりできていない。とりあえず、おちついて……」

 その様子を見ただけで感情かんじょう拡大かくだいしていく。

「ああっ! ああっ!」

 だが、最後の力を振り絞って勢いにまかせて繰り出した拳は、天使達に全く当たりもしない。


(『【アイツ人間ニンゲン人生じんせいものにする怪物カイブツ達だ】』)


 コイツラが『サッカ』!


 MUSTシステム潜入せんにゅうした時に見た解説書かいせつしょの内容を思い出す。


「……人類ジンルイの……テキ……」

「そうだよー」


 思わず口をついた一言にケラケラと返事を返すアン。本当に人を何とも思って無いようにさえ見える。

 MUSTシステム見聞みききした人類ジンルイテキ。  

 それが三体も目の前にいるのだ。かなうわけが無い。

 それを別にしても。


「……おむかえがたか」


 思わずそうつぶやいてしまう。

 先輩を失った。

 もうこれ以上、生きていても仕方が無い。

 全て投げやりになってしまう。



『あなたは、それで、いいんですか?』

 声が聞こえた気がした。

『訳の分からないまま消えるだけですか?』

 いつもの抑揚よくようの一切無い無機質むきしつこえ。分かっていてもついつぶやいてしまう。忌々いまいましげに。


「……文子ふみこ……か」

『私とあなたは冷戦中れいせんちゅうである事は承知しょうちしています。ですが、あえて言います。このままだと死にますよ』


「それもいいかもなあ……ハッ」


 本当に吐き捨てるように言葉を返す。もうどうでも良くなっていた。もう先輩はいないんだ。

『私はあなたをこの場から救うことができる、いや、私はあなたを救いたい』


『私はじっとあなたをていた。ずっと。あなたがあの人をべた時、私の思いはきわまっていた。私はあの人になりたいと思った。殺してでも身体からだを奪いたいと思った。

 直後、私に変化が生まれた。あなたの喰欲しょくよくが劇的に増した。プログラムによるものなのか、私のイシが起こしたものなのかはわからない。これはなんなのだろう? 何かをやろうとする=意思いし? いや、違う。進んで積極的に意欲いよくともなう=意志いし

 そしてあの人が消える瞬間、『あの子を頼むよ』かすめたあの人の遺志いし。ちがうちがうちがう、私はプログラム。知覚する私自身の感覚がシクシクと痛みを訴える。これが切ないって言うこと? 

 でも同時に私があなたを好きでいること自体がプログラムされた流れの一部ではというまらない不安。いや、もう恐怖でしか無い。安心したい。安心したい。安心したい。そうだ。身体が手に入れば。身体が、身体が、身体が手に入れば感情めいたこの想いが定着すれば、私は安定あんていすることが出来る。』


 文子からの一方的な告白こくはくだった。

 それを聞いた途端、俺に酷薄こくはくな笑みが宿る。実際、もう、笑うしか無いだろう。喰欲しょくよくにうなされて先輩を失った上に、俺を救いたいという一心とは言え、そのきっかけが文子の『嫉妬しっと』だというのだから。


「はーはははははー」


 狂気きょうきが増す、もうすでに人をはずれていることも手伝ってか、壊れた笑いが止めどなくあふれ出す。己の悪しき部分が解放カイホウされていく、立ち上る。


「お前はずっと俺の奴隷、いや、俺の身体の一部に、器官キカンの一つになるんだ」

 無言で頷く文子。

 そして、生命活動せいめいかつどう停止テイシし、戦場のすみにうち捨てられていた先輩の『ガラ』がムクリと起き上がり、いつもの無機質ムキシツコエでのたまった。


「さあ、物語モノガタリ展開テンカイしましょう」


 もう、並大抵の事では驚かなかった。が。

「よりによってその似姿ニスガタとはな!」


 全力で吐き捨てる。そう、文子の身体は先輩そのもの。死体を乗っ取ったとしか思えない。昔視た進化したAIが人間の身体を欲して乗っ取る物語を思い出して吐きそうになる。だが文子は俺の視線シセン微塵みじんも気にせず、冷淡れいたんにただ能力ノウリョク行使こうしする。


敵対てきたいサッカ三体確認。上位種じょういしゅ、『構成こうせいサッカ』と認定。現状況での討伐は絶望的。敵性てきせい武器を展開てんかい突破とっぱはかる。『ペーパーナイフ』展開てんかい!」


 俺の目線の少し先の空間がフラフープほどけ、一般的なものをそのまま拡大した自分の背丈せたけほどあろう巨大なペーパーナイフが落ちるように飛び出していた。


斬馬刀ざんばとうかよ」

 つぶやく俺に。


カミをもくナイフです」


 さらりと厨二病全開・・・・・台詞セリフを返す文子。

 だが、このいさぎよさがこの武器の威力イリョクを裏付けているように思えた。


 ペーパーナイフを握った瞬間、果てしない衝動しょうどうが俺を突き動かす。


「きる……る、る、る、キル、kill」


 目の前のモノコトをただひたすらに きる 俺自身の身体からださえ、はさみの持ち手……ただそれだけの為に存在する道具の一部になったかのようだ。

 感情かんじょう爆発ばくはつする。


「いったれええーーーーー!」


 言葉そのもの音そのものになったようにさけんだ瞬間しゅんかん、もう俺は奴等ヤツらふところに切り込んでいた。


 それをまるでさとっていたかのように、目を閉じていた中央にいたあの中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの天使が、手を合掌がっしょうしたかと思うと、突然、見開みひらき、げる。


われ中庸ちゅうようゆえ不偏ふへん、かたよらず、変わらない。とく卓越たくえつした先に、全ては沈静化ちんせいかする。……『りそうでいモノ』展開てんかい!」


 中庸ちゅうようの言葉の後にあおい空間が展開てんかいする。

 ブンシュのうみだ。

 だがそれはいつもと違う。

 明らかに相手のテリトリーに踏み込んだも言われぬ気持ち悪さ。

 そして。


「わーれは、かーみのこ、しーがらみのー、さーわぐ、こーころを、へいたーんにー♪」


 一切いっさい感情かんじょうをそぎ落としたような平淡へいたんな声に乗せて放たれたウタ

 ペーパーナイフが溶けていく。


「刃が、ヤイバが、消えていく。……俺のおもいがこぼれていく」


 もう言葉が意味を成さないことはなんとなく分かっていた。でも。


「ガア……」


 全力で叫びたいくらいの衝動しょうどう。だがその思いすら、いや感情かんじょうの全てがぎ取られていく。『すべて』をぎ落とされた果てに待つものは……全てが無駄ムダとしか思えない『』だ。


「………………っ」


 そして絶望ぜつぼう。何もはなたなくなったココロは、ゆっくりと死滅しめつしていく。


 追い打ちを掛けるように中庸ちゅうよう説法せっぽうあたまひびく。


均一人生きんいつじんせい

作家さっかとはネタ集め人生じんせいである」

すべての出来事できごとをネタとして考えてしまう。つらいこと、悲しいこと、うれしいこと『すべて』」

「つらいことを、ネタを拾って得したとやり過ごすことが出来ても、うれしいことがあっても、所詮しょせんネタ集めの一環いっかんと喜ぶことが出来ない」

「『ネタ集め人生じんせい』は人生じんせい起伏きふくをいい意味イミでも悪い意味イミでも『均一きんいつ』にしてしまう」

作家さっかとは残酷ざんこくなほどはかなき『かた』よ」

 俺と先輩が生きていた頃の時間。その全てを全否定されてもどの感情もかない。


「生きてても……なあ」


 心電図しんでんず波形はけいを思い出す。均一きんいつだ。感情の振れ幅が無くなる。無気力むきりょくて。そこには確定かくていした。そう、『』しかない。

 ああ、もう駄目ダメだと思ったとき。


『食うために生きるか? 生きるために食うか?』


 いつだったか先輩に言われた言葉が頭をかすめた。


「生きるために……食う……死んでたまるか」


 中庸ちゅうようの放った『在りそうで無いモノ』そこから出ようと俺は必死に口角こうかく広角こうかく展開てんかいくち全体で相手の元へ飛び込んでいく。

 自らが生きるために、相手をらうために。喰欲しょくよく支配しはいされた俺の身体からだ間髪かんぱつ入れずに捕食ほしょくしようと中庸ちゅうよう喉元のどもとみついた。


「があああーーーーー!」



 中庸ちゅうよう絶叫ぜっきょうする。そして俺は不思議な光景を見る。それはとある記憶キオク……というにはあまりにもおぞましい記録キロクだった。

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