【第9話】先輩のおじいさん(大作家先生)が遺した ~作家たるもの4箇条~


「……ハア、……ハア」


 追い込まれるほどに喰欲しょくよくしていく。

 先輩と出会った日、設定された締め切りが近づくにつれて落ち着かなくなっていく。

 やろう、やらなきゃと思うほどに逃げようとする心が増長ぞうちょうしていく。

 ああ、話を読めば、話の構造こうぞうが得られるから、だから話をらなきゃ、らなきゃ、らなきゃ、言い訳をしていく。

 それはやがて強迫観念きょうはくかんねんとなり。


 べなきゃ、べなきゃ、たべなきゃ。

 べて出さなきゃ、べて出さなきゃ、インプットとアウトプット。

 べなきゃ出ない、べなきゃ出せない。


 え極まった餓鬼がきごと心境しんきょう物語モノガタリむさぼらっていく。


 まなきゃ、書けない。

 でも時間が無い。

 まなきゃ、まなきゃ、よなきゃきゃあああーーー!


 そしてついに発狂はっきょうする自分。

 自分の部屋に乱雑らんざつめられたマンガを手当たり次第にひっつかんでは一読して投げ捨てていく。

 ソレでは飽き足らず本棚からひったくるようにしてマンガをとる。

 ジャンルも巻数もバラバラ、でもソレでイイ。

 とにかく読んでいないと、何でもイイから物語モノガタリ摂取せっしゅしていないと、落ち着かないし、オチつかない。

 ハハハ……もう、だめだ。


 この嗜好しこう……いや、至高しこう思考しこうが……うるさい、だまれ……この思考しこうがどこから来ているのか分からない。

 文子ふみこからなのか?

 それとも自分ジ・ブ・ンからなのか?

 でも、これだけは分かる。


「次の獲物えものはどこかなあ?」


 かがみの前、にやりとれたみが取り返しのつかないほどに俺がコワれたことを物語っていた。




 部室に行かなくなって幾日いくにちかがぎた。

 ココロちゅうぶらりん。

 書きかけの話は放置されている。

 でも、この日はどうしても先輩に会わないとと思ったのだ。

 それは、獲物えものに対する喰欲しょくよくなのか、人間ニンゲンとしての矜恃きょうじなのかは分からない。


 だが、俺はもう二度と先輩の笑顔えがおを見れなくしてしまった。



 部室の扉を開ける。放棄ほうきされた空き教室。

 部屋に在る机椅子つくえいすは全て部屋の四方にどけられて壁を形成している。

 全てが無くなった部屋の中央部、そこが聖域せいいきだとでも言わんばかりにぽつんと向かい合う様にしつらえられた二組の机と椅子。

 そして、その片方の椅子に案の定、先輩はいた。

 だが、そこには全く違った人物がいると疑わざるを得なかった。


 だってそうだろう。

 今まで感じた覇気は消え失せ。

 だらりと垂れ下がった両腕。

 椅子の背もたれに全てを預けている姿。

 そして全てを諦観ていかんしたひとみ虚空こくうを見つめている。


 あの当たり前のように堂々どうどうとした先輩の面影おもかげ微塵みじんも無い。本当に『別人べつじん』になってしまったとしか思えなかった。


「あっ、ピョンちゃんか。やっと来たね」

 目端めはしで部室に入った俺を捉えたのだろう。先輩は力なく笑うと「こちらへどうぞ」とこの部屋での俺の定位置、いつもの席に着席をうながしてくる。

 その有様ありさまがあまりにも痛々しくて、俺は目を背けたまま無言で先輩の向かいに座る。


「今日は昔話をしようかと思ってね」

「私の敬愛けいあいする祖父について」

 おごそかに語る先輩。


 先輩の家に遊びに行った時に聞いた話以外にも『作家さっかとしての心構こころがまえ』的な意味で、先輩は昔から尊敬そんけいするおじいさんに常々つねづね言われていたらしい。



▼作家は『真理しんり』を求め、手にしてはならない。手にしたと思ってもならない。

 → ▲真理しんりを究めたと思った時、得てしてそれは万人ばんにんの知る『あたりまえ』のことだったりするからだ。自信満々の作家ほど危うい状態は無い。気をつけろ!


▼作家は『理性的りせいてき』でなければならない。『本能ほんのう』で書いてはならない。夢を書き起すなどもってのほか。

 → ▲このいましめはわたし師事しじした従者じゅうしゃに教えた。そういえばは、自分を天使だと言い張る残念な男だったな……。はこの話にたいそう驚嘆きょうたんして『人間ニンゲンの持つ力をあなどらないようにしよう』といっていたっけな……。まあ、わたしが死ぬまでくと言い張っているのだが。なにかをつかんだのだろうか?


▼作家は『平凡へいぼん』であってはならない。世間せけんぞくしてはならない。世間せけんからいかに『はずれ』ているかが有無うむを言わさず作家さっか価値カチを生む。

 → ▲作家さっかとは無茶むちゃやってナンボ! 『平凡へいぼんはずれるだけはずれないと、多くの幾万いくまん作家さっかの中にもれてしまうぞ! 気をつけろ!




 そしておじいさんは死ぬ前にこう言ったらしい。



作家さっかとは『幸福こうふく』など追求ついきゅうしてはならない。作家さっかとして生まれ落ちたときからすでに呪詛じゅそにまみれているからだ」

 という。

作家さっかとは『のろい』であり、作家さっかとして生まれ落ちた時から呪詛じゅそにまみれ、幸福こうふくなど追求ついきゅうできない」

 とのこと。

「人々の言霊コトダマ作家さっかしばり、物語モノガタリの中でさえ幸福こうふくには決してなれないから」

 だそうだ。


 だから先輩にはミサキと名付けたという。美咲ではなく、『七人ひちにんミサキ』から取ったという。最初は先輩を作家にしようとする両親の、馬鹿息子への呪いを込めていたらしい。

 『なんてジジイだ!』と思ったが、その実、先輩が自らのろいを打ち破る希望も含めたのだそうだ。

 ちなみに七人ひちにんミサキは高知県を初めとする四国地方や中国地方に伝わる集団亡霊しゅうだんぼうれい

 ひとり取り殺すと七人ひちにんミサキの内の霊の一人が成仏し、取り殺された者が七人ひちにんミサキの一員となる。


 たとえ他人をのろってでも、すくわれてほしいという翁心おきなごころがそこに感じられた。


「だから私はかたくなに作家さっかであろうとしたんだ……でも」


 そう言って気丈きじょうに振る舞おうとする先輩はだが苦悶くもんの表情でしぼすように思っても無いことを口にする。





読者どくしゃが怖い」と。

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