【第8話】先輩との衝突(正論を言われたときほど腹の立つことってないだろう?)


「ピョンちゃんはいままでより覇気がなくなった」


 なぐめてもらおうと久しぶりに会った先輩は冷たく言い放った。


「以前は粛々しゅくしゅくと燃えていたわずかだが力強い熱意ねつい……モノを書くという熱意ねつい微塵みじんもかんじられない」


 的確に痛いところを突いてくる。なかなかの分析屋ぶんせきやっぷりだ。


「まあ、簡単に執筆できるツールを手に入れましたからねぇ」


 売り言葉に買い言葉的なノリで言葉を突っ返した俺は、文子を起動、デモンストレーションを開始する。


『よおこそ。『文子ふみこver.0.75』起動しました。』


 ヘッドギアを装着。

 文子を起動し部室にあるパソコンに繋ぐ。

 そういえばいつもブンシュのうみで執筆した後は空間を抜け出してから文章をパソコンに一括転送しているが、今回は同時並行で行う。

 この力を見れば、先輩もきっと俺のことを見直すはず。


「……くふふ」

「いったい、何をするつもりなんだ?」


 思わず含み笑みが漏れる。対して、怪訝けげんな顔を向けてくる先輩。


『それでは作業を開始します』

「よし、妄想力、☆全☆開☆!」

 文子の宣言を合図に、俺はブンシュのうみへとかっていく。




「……病院に行こう」


 作業終了後、先輩は俺を見直すどころか、肩を掴んで、切羽詰せっぱつまった声でにらみ付けている。

 現実世界では俺は白目を剥いて虚空こくうを見上げ、ヨダレを垂らしながら、「げへっ、げへ」とうめき声をあげて激しく痙攣していたらしい。

 どう考えてもまともな姿では無い。


「パソコン上にはキーボードにも触れていないのに高速で物語モノガタリ記載きさいされていったよ。……たしかにすごいことだと思ったよ。でも、それ以上にピョンちゃんの身体の方が心配だ」


 そう先輩が思うのも無理もない。


 MUSTシステムで知った事実、そしてこの耐えがたい喰欲しょくよくとの戦い。

 ……やはり今の俺はもう普通フツウでは無いのだろうから。諦観ていかんの極みにいたり、思わず乾いた笑いが出る。

 ……先輩はそんな俺を心配したのか、しばらく逡巡しゅんじゅんした後、意を決したように一言、だが決定的な一言を放つ。


「このソフト。文子ふみこといったか……を使うのはやめたほうがいい」


 一瞬、何を言われたか理解できなかったが、すぐさま「無理ムリです」と言い返す。

 だってそうだろっ!

 今の俺には文子しか無い。

 すがるべきモノはもう文子しかないのに。

 先輩は文子を使うなと言う。

 もうこれは作家としての俺へ対する死刑宣告しけいせんこくだった。



 今まで以上に激しく反発する俺。それゆえだろうか? 先輩の強い物言いに対しておもわずこちらも強く言い返してしまった。


「先輩は何作か創った長編、小説賞に送ってますよねっ! 結果どうだったんですかっ!」

「いずれも一次予選落選さ……最近作家の自殺ジサツが多いから穴抜けを狙ったんだけどね」


 先輩は乾いた笑みを貼り付けて語る。

「でも、ピョンちゃん。私達は書いて書いて書き続けてあがき続けるしか無い。それしか出来ない。他はする必要も無い」


「でも、俺は嫌なんですよっ! 作品を創るためなら何の力だって借りてやりますっ! 例えそれが悪魔ア・ク・マの技術だったとしてもっ!」


「それで賞を取ってうれしいか? 作家とは、いや、物語をえがくという行為は辛く苦しい果てしなく地道で、だが驚くほどまっとうな道……ズルしてその道筋みちすじはずれるんじゃないよ!」


「ズルがなんです! 最後に素晴らしい物語モノガタリを書き上げた者が勝者しょうしゃなんですよ。手段なんか問題じゃ無い! 『はずれて』面白い話が書けるなら、ヒトの道だろうが作家さっかの道だろうが、いくらだってはずれてやりますよ」


「だめだ、それは。ヒトの道からはずれてはいけない」


「例の兄弟の話ですよね。先輩は自分と向き合う為、あえて山を下りなかった兄をしてましたけど、俺は断然だんぜん弟派ですね。物語モノガタリを作る上でのより良い可能性があるなら、とにかく求める。それが『作家さっか』だと今の俺は思っています」


「だが、作家さっかの道とは……」


 何度も同じように作家さっかの道を説く先輩に思わず一瞬いっしゅんでもイラッとしてしまった。そしてそれがいけなかった。


一次選考いちじせんこうも通ってない先輩に言われたく在りませんね。どんな高尚こうしょうな言葉も全く説得力せっとくりょくがありませんよっ!」


 俺は勢いにまかせて、絶対に言ってはならない言葉コトバを先輩に放ってしまった。

 だが、時すでに遅し。

 先輩は意思イシを無くした人形ニンギョウごとく、ただただ俺を見つめていた。

 世界全てに裏切られたとさとった罪人ザイニンが見せるような、哀しい目で。




 その姿をたりにして俺は部室から逃げ出した。

 振り返ることは無かった。

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