【第7話】MUST社潜入! 後編(『外れる』俺 ~『ブンシュの海』のヌシに魅入られてはならない~ )


『わっちは、このブンシュのうみを管理するヌシでありんす。まあ、魔女マジョとでも呼ぶなんし』


 おごそかだがはっきりと空間に異質いしつな声を響かせたヌシは、妙齢みょうれいの女性。だが着物を着たその姿はかつて江戸の色街いろまちたる吉原よしわら闊歩かっぽした花魁おいらんごと優美ゆうびさがあり、俺と少女を妖艶ようえんな視線でめ回す。


『それでは早速、採点サイテンを始めるなんし』


 ブンシュのうみのヌシ(魔女マジョ)が女の子と俺のおどりを見比べて点数を付ける。丁度フィギュアスケートの審査員のごとく。そして、口元を悪魔ア・ク・マのようにゆがめた。


『勝者はお前、命の鼓動コドウをありありと見せつけられ、わっちは感動いたした。それに引き替え、その子はだめでありんすなあ。バツゲームでありんす』


 あっさりと女の子は魔女マジョせたブンシュのうみ魔物マ・モ・ノ達によって引きちぎられ、われていった。

 ピラニアの入った水槽すいそうに入れられたあわれな動物イケニエの如く、悲鳴を上げる間もなく、が、ミミ千切チギられ、目玉メダマがくりかれ、またたく間にホネと化していく。

 母親の声なき叫びが少女の最後にハナえた。


「……なに……やって……ん……だ」


『やっぱり、生命イノチ最後サイゴはいつ観ても美しいでありんすなあ』


 魔女マジョ喜悦きえつゆがんだ言葉、目の前で繰り広げられた惨劇サンゲキ残響ざんきょうアジわいながら、俺は本当に自身が人では無くなってしまったことをかみしめていた。


「俺は、俺のせいで、コロしてしまった。俺は……俺は……」


 そしてあの子がわれている姿を見て。



『……美味しそう』



 魔物マモノ達の視点で感じてしまった自分。


「……ゲッ」


 自分のあまりにもはずれた在りように吐き気を押さえられない。


 喰欲しょくよくが止まらない。

 収まらない。


ぬしさんも、たいがい、はずれたでありんすなあ』


 自分の悪意あくいを見通した絶対的な魔女マジョの視線を受けて、俺は発狂はっきょうした。


「ああああああああああーーーーーー!」


 あげたさけび声が空間を振るわす。

 そして世界の最後のように真っ白に染まる世界。


 気がつけば俺は現実空間に戻ってきていた。

 だがそこには白目をむいて倒れている母娘ははむすめ意識イシキは無い。

 社長の姿も消えていた。


 怖くなった俺はその場を逃げ出した。

 逃げる途中、廊下では倒れている人間に多数出会った。

 やはり彼らも白目を向いて意識イシキを無くしていた。


『おそらく記憶キオクを、ココロを壊されたのでしょう……あなたの手によって』


「ハ……ハハハ、そんな事って……」


 俺はどんどん人間ニンゲンからはずれていっている。

 その事実を痛感する。


「……まだ大丈夫」

 強がりで言った一言は文子の冷静れいせい冷声れいせいにかき消された。


『もう、かなり進行しんこうしてます。急いで手を打たないと』

 MUSTシステムへの潜入せんにゅう時、文子はこの俺の症状ショウジョウ改善カイゼンするヒントになる何かを思い出したらしい。


『いずれお教えします。まだ、機が熟していませんので』


 しかし、かたくなに秘密主義ひみつしゅぎつらぬくのだった。

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