【第4話】やっぱり文書ロイドって実は人体に有害なんじゃないのか?


「人間『ヤメテ』でも作家になりたいですか?」


 深夜、八つ当たり気味に、『なんか魔法めいたツールは無いかなあ』とネットをさまよっていたときに見かけた記事。

 パソコン上に踊る質問にYESと答えて、『禁断の技術』に手を出した俺。


 しばらくのち、俺は文書ぶんしょロイド『文子ふみこ』のマスターとなる。





 あの説教せっきょう以来、部活に誘われることも無くなった。ゆえに毎日直帰。でも、家ではただだらだらと過ごすばかり。だって、なんかやる気でねえんだよ。

 そして数日後、家に小包が届く。例のMUSTシステムからだ。添付てんぷされていた簡単操作マニュアルを見る。



◆【文書ロイドシステム『文子ふみこ』】◆

▼【とりあえず、ヘッドギアを装着して下さい。その後は構成脳こうせいのうもとい高性能こうせいのうAIを搭載した我が娘『文子ふみこ』が自動で案内を致します】▲


 と簡潔に書かれていた。



 早速、俺は文子と接続せつぞくする。


 ……といってもヘッドギアを頭に被るだけだが、その瞬間目の前に海が広がる。

 青い……いや、ひたすら碧い海が逆さまになって目の前に広がっている。

『これは〈ブンシュのうみ〉といい、〈ものがたり〉に関する〈スベテ〉の要素が詰まった空間とでも思ってて下さい』

 言いながら文子がパチンと指を鳴らすと、海が下がってきて、目から上が完全に海に浸かってしまった。


 目線は水平線を果てしなく見渡している。

 そして頭は脳髄のうずいまで丸ごと漬け物にされた感覚……皮膚、肉、骨をあっさりとすり抜け、『うみ』は脳を侵食していく。

 際限なく溶けて行く感覚、気持ちのいい脱力感、そして己の頭から海へと黒い塊が解き放たれる。


 象形しょうけい文字、漢字の原典げんてんの様で生き物のように振る舞うソレはおそらく概念がいねんと呼ぶべきものであろう。

 海の中をせわしなく動き回り、やがて水面から飛び跳ねていく。


 そして襲いかかるように俺の視界の下の方、文子が鎮座ちんざするあたりへと一直線に向かっていく。

 イナゴの群れのようにおどりかかるソレの大群たいぐんを、文子はどこからか取り出した巨大な包丁のような太刀たちで切断し、欠片を腕利きの料理職人が刺身を盛りつけるごとき鮮やかな手際で文子の目の前に在る紙を敷き詰めたような区画に綺麗きれい整然せいぜんと並べていく。


 並べられた欠片は紙のような床に染み込み、まるで楽譜がくふを成すかの如く文字へと文章へとっていく。

 俺は文子の鮮やかな手際に感動すら覚えていた。

 活版印刷普及かっぱんいんさつふきゅう初期から中期に存在した、熟練じゅくれん活字拾かつじひろ職人しょくにんを思い起こさせる。


『なんだコレ?』

 ヘッドセットを付けたまま、頭の中でつぶやく。その言葉は文子も共有していたらしく。


『見たままの仕様しようですが何か?』

 淡々とした回答をこなしている。俺の動揺どうようなど微塵みじんも気にせず。


『他にもこのような機能があります』

 自らに搭載されている他の機能、文章速読機能ぶんしょうそくどくきのうを提示した。


 早速、試してみる。頭と直結しているヘルメット状デバイスをかぶり、文子に搭載とうさいされている文章速読機能ぶんしょうそくどくきのうを使って物語を読み漁る。


 物語にして文庫一冊分の長編を一時間程度で理解してしまう。文子が起動きどうし、見開いたページを一目見てまばたきしたら次のページを観ている。


 そしてそれが繰り返される。まるで自分が見開きを写真として記録する精密機械せいみつきかいになった気分。


 そしてその作業と同時に文子を使って物語を自身から出すのとは逆の作業が展開てんかいする、ちょうどブンシュの海に頭を浸している自分、目の前にいる文子の前には体育館一面はあろうかという範囲で埋め尽くされた文字の絨毯じゅうたん。そこから放たれた文字が群れとなって俺の頭に殺到さっとうする。


『……っ!』


 牛乳を一気に鼻に流し込まれたかのような苦しさがおそう。だが、それも一瞬。苦しみが収まった後は、頭の中に一つのストーリーがイメージできていた。おそらくさっき取り込んだ話の内容だろう。


『なんだ、かんたんじゃねえか』

 あまりのあっけなさにブンシュの海にいることも忘れて笑い出す俺。だがその時、気づくべきだったんだ。不自然に増していく読欲どくよく、そして喰欲しょくよくについて。


 もっと『上手うまい(美味うまい)』物語を『み(べ)』たい。


 あれから、かなりの数の本を取り込んだが、満足することは全然無かった。それどころか、耐えがたいかわきは全くえない。『もっと物語ものがたりを』という果てない欲求だけが心を満たしていく。


 文子の機能を利用して図書館の本を読み漁っていたが、それでもかわきはえない。むしろいっそう強くなっていく。


 最初は物語構成ものがたりこうせいの資料として本を読み、徹夜で借りてきたドラマやアニメを一気見していたが、いまはもうただただかわきを何とかしたいが為にマンガ喫茶に籠もってマンガを読み漁っている。


 この渇きを……もう食欲しょくよく、いや喰欲しょくよくといってもいい耐えがたいかわきをマンガはすぐに何とかしてくれる。物語の構成要素こうせいようそを味わうのに、本なら速読でも一冊1時間前後はかかってしまうが、マンガなら十数分で済む。

 一時期流行ったファーストフードの要素『早い、安い、うまい』をクリアした良好な媒体だ。そう、とにかく喰欲しょくよくを満たせばいいのだ。得てして効率よく。もうそれほどまでに俺の状況は逼迫(ひっぱく)していた。そしてなお、喰欲しょくよくは満たされきれずに増大していく。

 ……俺はどうなってしまうんだろう?



 そんなおり、事件が起こった。最初は何でも無い恋愛相談から始まった。



「アンタに相談したら何とかなりそうな気がして……」

 突然の依頼、というより無茶ぶり。


「私、今、恋してるんだ」

 クラスメイトの女子がのたくっている。

 といってもつきあいはそこそこ在る、腐れ縁だが。


「それでその人への想いを元に丁度、今、恋愛小説を書いていてね」

 勝手に絡んで来た上に人の話を聞こうともしない。

 いつもだけど典型的な唯我独尊ゆいがどくそんタイプだなあ、コイツは。


「アンタもつい最近、ものがたりを書いたことがあるって言うじゃ無い。だからちょっと相談に乗って貰おうと思って」

 あの投稿の件は隠しておこうと思ったのだが、もう、先輩が盛大にバラしてしまっていて、クラス中の周知の事実だ。いまさら野暮やぼだな。


「あいにく俺は超短編しか、書き上げたこと無いよ。それもただのノリだけで創ったおふざけ小説だし」

 極簡潔に事実だけ述べるが彼女は引き下がらない。


「それでもミサキ先輩に褒められてたじゃ無い! あの人は滅多に人を褒めないのよう。いいなあ。じゃあここで提案ー《ていあんいち》。今から私を見て、どう? 雰囲気で感じるモノ、にじみ出してるモノって無い?」

 人を一目見ただけで何でも分かる神がかった分析屋みたいな評価を下してくる。


 さすがに。

「俺は占い師かっ」


 と突っ込もうとしたところで不意に視界が暗転する。


 暗がりの中。

 彼女のいたところに色鮮やかな果実。

 鼻孔をくすぐる甘い香り。

 彼女の周りから漂っているのだろうか?


 そんな疑問を挟む余地は無く、耐えがたい誘惑に突き動かされた俺は。


 軽く果実を甘噛み、いや舐めただけだったのに。



「…………っ! あれ? 何の話をしてたんだっけ?」



 ぼーっとする彼女からはいつもの覇気が無かった。


「好きな人? そんなのいないよ」


 目覚めた彼女は思い人がいたことさえ記憶していなかった。





『おい! どうなってんだ』


 教室から飛び出し、人気の無い屋上手前のスペースに駆け込んだ俺は、すぐさまヘッドセットを付けて文子に問いただす。


『おそらく、あの人の記憶を一部食べたのでしょう? 信じられないことですが』


『そんな……あり得るのか?』


 呆然とした体で語りかけるも文子はあっさりと結論づける。


『ブンシュの海という異空間に意識をひたしているんです。何が起っても不思議ではありません』


 それよりも、と、文子は差し挟んで。


『MUSTシステムへ行きましょう。私が生み出された場所へ。私自身のブラックボックスになっている部分も知りたいですし』


 俺に提案してくる。

 おれが言い淀んでいると、助け船を出すように。


『自分のことが分からないのは歯がゆくもあるんですよ。これはプログラムであるがゆえの思考でしょうか?』


 質問を挟んでくるが、おれはきっぱりと否定する。


『そんなわけ無いだろうが! 自分の事を知りたいって事は人が持つ最も根源的こんげんてき探究心たんきゅうしんだ』


 あえて大仰おおぎょうに言い放つ俺に、文子は本当にわずかに微笑むと。


『そうですね。行きましょう。MUSTシステムへ』



 そして俺と文子は制作元せいさくもとのMUSTシステム潜入せんにゅうすることを決めた。

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