◆第一部◆ ~人間の生~

【第1話】文才無き男の意地(ああ俺はなにがなんでも作家になりたいんだっ!)

「まったく、もう、ほんとにアンタは!」


「ほんとっに君は『平凡』だねえ」


「『ピョン吉』でなく『ボン吉』を名乗るか?」


「よろしくねえ。ボン吉くん」


「やめてくださいよ。ミサキ先輩」


 あああー、イラッとくる。いらっとくる。


 なんで、こう、この人は、いちいち俺の自尊心をちくちくとシゲキするんだ。


 俺はジレンマに陥っていた。先輩が認めてくれた「きみには何かある」という価値。それだけでうれしかった。そして自分だけの話を書きたいと強く思うようになった。


 それでも現実は上手くいかない。断片は出てくる。『書く』んだけど、文章としてつながらない。言葉の羅列になってしまう。


 追い詰められていたときに夢を見た。


 その夢の世界の中では自分が書きたかった物語が展開していた。早く起きて書かなければ。そう思った。そしてその日は起きてからずっと部屋にこもり、学校にも行かなかった。


 それでも全然書けなかった。ノートには走り書きが数行あるのみ。いざ文章にしようとすると、つながらない。あの夢でみた世界を示す言葉が出てこない。話を書く上での自分のスキルのなさが恨めしい。


 本当にただ頭の中を外に出すだけなんだ。頭の中にある自分の話はとんでもなくイイ話だという確信だけは何故か有る。それだけは信じられる。


 自分の頭の中をそっくりそのまま出してくれる機械が欲しい。


 気づけば深夜、ネットに潜ってひたすら探していた。


 その仕組みがあると確信して。端から見たらばかばかしいことこの上ないが、その時の俺は何者にも縋りたくりたい心境だった。たとえそれが悪魔だろうと。


 そして、その時俺は



「人間『ヤメテ』でも作家になりたいですか?」



 文子との劇的な出会いを果たした。



 途端に俺は文章を書かなくなっていった。だってそうだろう。自分が想像した中身を文子がそっくりそのまま創造してくれる。楽して物語が完成する。その事に俺自身『慣れて』いったのかもしれない。


 そんな時、先輩は言った。

「ピョンちゃんの作る話には主体性が無い」


 いつしか俺のあだ名は『ピョン吉くん』を経て、『ピョンちゃん』に成っていた。どうやら極短編をポコポコ書く発想力が有るくせにノらないと全く書けないやる気のなさを憂いてるみたい。


 そしていきなり言われた言葉にポカンとしてしまう。いつもの部室でのやりとり。文子を使って頭から『引き出した』話に関して先輩は「やらされている感が出ている」ととどめを刺す。


「でも、正真正銘、俺の中から出した話だぞっ」

 俺は思わず語気を強めて反論してしまった。でも事実はそうだ。嘘じゃ無い。


「きみの妄想は見事だ。だが仮にソレが本当だったとしても」

 先輩は威圧感の一切消えた瞳でまっすぐに俺を見つめて告げる。


「でも『楽』しては駄目。せめて『仕上げ』だけでも直接やらないといけない」

 いつもと違う仕草にどぎまぎする俺を気にする素振りも無く。


「自分で書かなければ、自分の身を削って出した言葉であり文章でしか人の心を打つことは出来ない。それが分かってるかい?」

 諭すように先輩は言う。


でも、そう言われて「はい、そうですか」と引き下がれない、出来ない。だって俺は先輩に『認めて』欲しいんだからっ。


「俺は何の文才もないんだっ!」


 思わず叫んでいた。でも、どうしても認めて欲しかったんだ。


 だって俺を初めて認めてくれたのは先輩だったから。

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